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2019年9月6日金曜日

ゼノブレイド リマスター版発売決定!

9月5日朝7時から、ニンテンドーダイレクトが放送されました。
そのトリを飾ったのが…

ゼノブレイド ディフィニティブエディション!

2010年6月に発売されたゼノブレイドシリーズ一作目が、2020年、10周年の年にSwitchに登場するんですね!
当時はWiiで発売され、知る人ぞ知るRPGという感じでした。
スマブラに、主人公シュルクが登場してからは広く知られるようになったものの…
Wiiはファミリー向けのイメージが強かったか、周囲でゲームやってる人も持ってなかったりしてなかなか勧めても遊んでもらえなかったのですが…ついに、ついにSwitchで遊べるようになったんですね!

ゼノブレイド発売当時、「ゼノ」というと、ゼノギアス、ゼノサーガとなんだか難しそうでファンじゃなければわかりずらそうだな…というイメージがあったのですが、発売一か月くらいの間に、おもしろい、フィールドがすごいという感想をいくつも目にしました。
そして手にとってみると…本当に面白かった。
3Dで作られるようになってだんだん2Dの頃の広さを失っていたRPGのフィールドが、ゼノブレイドでは2Dの頃の印象そのままにどんと広がり、どこまでも走って行ける。
最近はわからないですが、RPGなのに水を泳げ、柵を飛び越え、崖から落ちれるRPGは珍しくて感動しました。
とにかく、ゼノブレイドはフィールドを走り回っているだけでも楽しい!
そして、王道の熱いストーリーと豊富なサブクエストが飽きさせずに先へ進ませてくれる(いや、サブクエはむしろとどまらせるか?)
とにかく、楽しいんです。
99時間59分遊べます(Wii版のプレイタイムカンストが99時間59分というネタ)
当時、RPGクリアするのにのんびりやって60時間ぐらいだった私も、気が付けば中盤あたりでカンストしていました。

後ですね、ゼノブレイドの魅力の一つが、Wiiのリモコン+ヌンチャクという、左右で分離されたコントローラーによる操作だと私は思っています。
従来型の両手の位置を固定されたコントローラーをお使いの方はピンと来ないかもしれませんが、これは発明だと思うぐらい両手の自由が利くことの手軽さを感じました。
移動だけならカメラ操作も含めて片手でできちゃったんですよ。
スイッチでも形は変われど分離されたコントローラー。
ぜひともその手軽さを感じていただきたいです。

2020年が楽しみになりました!
はやくもう一度あの世界に行ってみたい!

2018年10月10日水曜日

ゲームが描く死~500年という時の流れ

最近は聞かないが、私が子供の頃はゲームにはリセットボタンがあるから、子供たちは人や動物が死んでも生き返ると思ってしまう、そんな批判がありました。
戦争や戦いをテーマにした作品をやることによって、人殺しが楽しいものと勘違いするのではないか?そんな批判もあったと記憶しています。
ただ、私の記憶の中でフィクションにおける人の死の描き方で一番衝撃的だったのは、ゲームの中の死だったんです。
それは以前の記事に書いてあるので割愛するとして、今回は最近触れたゲームの中の死について触れたいと思います。

ゼノブレイド2黄金の国イーラ

2017年12月1日に、nintendoSwitch用ソフトとして発売された「ゼノブレイド2」
その物語の500年前を描いたのが9月14日よりDLCとして、そして21日はパッケージソフトとして配信、販売されている「黄金の国イーラ」です。

※ネタバレが含まれますのでご注意ください

本編をプレイされた方はご存知かと思いますが、この「黄金の国イーラ」の主人公となっているシンとラウラの悲劇的な最期に向かう物語、それがこの「黄金の国イーラ」です。
死んでしまうのはラウラだけでなく、仲間として戦っていたユーゴ、彼のブレイドであったカグツチワダツミは彼の死によってコアクリスタルに戻ってしまいます。
(知らない人に補足しますと、ブレイドというのはコアクリスタルと呼ばれる石に資格があるものが触れることで生まれる生命体で、生み出した人のことをドライバーと言います。ドライバーとブレイドは一心同体で、ドライバーが死んでしまうとブレイドも石の状態に戻ってしまいます)

DLCとして開発されていますので、本編に比べるとラストバトルまでのプレイタイムは短いのですが、一緒に冒険してきた仲間を失うのは悲しいものです。
ゲームの死が刺さるのは、共に旅してきた仲間だからこそ、という面もあると思います。
ストーリーを追っていった、それだけではなく、そのキャラクターを強くするために装備を考えたり、戦っている間に助けられたり…プレイヤーにだけある思い出というものも蓄積されているからです。
また、今作はストーリー自体は短いものの、サブクエストで得られるヒトノワというものが進行に必要なため、自然とサブクエストをこなしていくことになるのですが、それらがキャラクターに愛着が湧くような、いろんな一面を見せてくれるものとなっています。
本編でも、意外な一面を見せたことで愛着が湧いたキャラがいました。
ストーリーの雰囲気的に描けないようなシーンやキャラクターの側面も、サブクエストやキャラクター同士の会話イベントによって、同じ世界に同時に描けるのはゲームという媒体の特徴かもしれません。
アニメや漫画でも番外編という形で描くことはできますが、ゲームはストーリーを追いながらプレイヤー自身の判断で寄り道ができます。
また、攻略法を見たにしても自分で発見できることは、より愛着を深めるのではないでしょうか。
だからこそ、失うことの悲しさを強めるのだと思います。

500年という時の流れ

記事のタイトルに500年という時の流れとつけました。
「黄金の国イーラ」は本編から500年前が舞台です。
500年もあればかつてを覚えている人なんていないでしょう。
(生き残る方法があるため、今作では500年前を知るキャラが何人か出てきますが)
イーラ編エンディングでは、本編の回想で出てきたラウラの死を描かず、シンのコアクリスタルの色が変わることで彼女の死を表現していました。

というわけで、今回は描かないことで描かれた死というのを考えてみたいと思います。
主人公であるシンとラウラ、ではなく、500年前世界を救った英雄アデルについて。

イーラ編の操作キャラクターで唯一生き残っていたドライバー、それがアデルでした。
国を失い、守りたかったものを守れず、自らのブレイド天の聖杯のヒカリの力を扱いきれず封印することにし、イヤサキ村を拓いたアデル。
天の聖杯同士の戦いによって命を落としたユーゴ、アーケディアの襲撃にあい死んだラウラと違って、彼だけは生き残っていました。
けれど、500年。
本編には、記憶の断片が彼の封印した第三の剣に残されていたものの、彼の姿はどこにもありません。
だって、彼は英雄とのちに呼ばれることになっても、ただの人間でしたから500年を生きることなんてできません。
私は2週目を途中で止めていたので、本編を再開しヒカリの口からアデルの名前を聞いた時、あ、もういないんだと寂しくなりました。
時間や予算、エンジンの違いの関係もあるでしょうが、ゼノブレイド2のDLCには追加ストーリーである「黄金の国イーラ」以外にも過去のゼノブレイドシリーズからゲスト参戦したキャラクターが配信されていましたので、やろうと思えば、本編に彼や500年前のキャラクターたちを呼び出すこともできたでしょう。
でも、それをしなかった。
本編にも登場し、さらに一時的に使えるシンも最後までずっと使えるキャラクターとしての配信はしなかった。
それは多分、意図があったからなのだと私は考えます。
500年という時の流れで失われたもの。
ゲームとしては別々のものなので、いつだって再開すれば500年前にも現代にも行くことはできますが、決して同じ時には存在できないのです。

考えてみれば当たり前ではあるけれど、ゲームでは同じ時に存在することを可能にできるからこそ、決してできないことでそれが色濃く映る。

2018年3月15日木曜日

ハイレゾってなんぞ?素人が聞き比べました

普段、音楽はPCに入っているWindowsmediaplayerに取り込んだCDぐらいしか聞かない私。
音にこだわりがあるわけでもなく、かつ上記の通り音楽を頻繁に聞く習慣もない。
そんな私が最近ハイレゾ音源対応のウォークマンを買いました。

何故かというと…

5月にゼノブレイド2のサントラが出るんですけれども、同時にハイレゾ音源の配信もするとのことで聞いてみたい!と買っちゃいました。
ゲーム音楽って言われるとピコピコ音を想像する方もいるかもしれませんが、最近はソフトのディスクやカートリッジの容量が昔より格段に多くなっているのでオーケストラ収録してたりなんてのも多いんですよね。

そして、ハイレゾ対応以外にソニーのウォークマンにした理由がもう一つ。
なんとCD音源やMP3音源をハイレゾ相当にアップグレードしてくれるらしい。
そんなこんなで、人生初のミュージックプレイヤーを購入しました。

ハイレゾってどんなもの?音を聞いてみた

購入したウォークマンにはサンプルとして何曲かハイレゾ音源の楽曲が収録されていました。
というわけでさっそく聞いてみたのですが…あれ?

よくわからない…

やっぱり聞き比べないとダメかな?と思い、PCに入れていたゼノブレイド2の特別版についていたサントラCDを送って、ウォークマンの機能でハイレゾと普通のに入れ替えつつ聞いてみる。

やっぱりよくわからない…

そういえば、ネットで聞き比べてもよくわからないなという意見をよく見かけたような。
まあ、でも、そもそもCD音源のものを機械でハイレゾにしたのだからよくわからないのかも…
なんだかよくなっている気はするものの、劇的な変化を期待していると肩透かしを食らう、そんな感じでした。

いや、そもそも音楽を聴く習慣のない私に聞き比べができるのであろうか。

否、無理。

それでも高い買い物だとは思わない、その理由

そもそも、サントラはCDを予約しハイレゾ版を聴く気はありませんでした。
何せ、再生できる機械がありませんでしたから。
スマホのアプリでもできるらしいですが、私はスマホで音楽を聴く気はさらさらありません。

だって、容量も電池も喰うじゃない。
モバイルバッテリーなんか持って、充電気にして持ち歩くなんてスマートじゃない!
そんな理由でコンパクトデジカメ持ってるような人間なのでそもそも選択肢になかった。

そんな私に少しでも音を聴く環境を整えた方がいいと思わせたのは…車のオーディオでした。
車にカーナビとともにつけられたオーディオで音楽を聴くことはありました。
流して聴いてるだけだったのですが、SDカードに収めた曲を聴きたくていろいろいじっているうちに、いろんな機能が付いていることに気が付いたのです。
イコライザーとかいろいろ。
詳しくないから訳わからないけど、ちょっといじるだけで格段に音が違う。
普段PCで聴いているのとは全然違う。

迫力が段違いでした。

だから、環境を整えるべきだと思ったのです。

ウォークマンはそもそも音楽再生のための機械。
それゆえ、普通のCD音源もPCのWindowsmediaplayerで聴くのとは全然音が違います。
これだけでも買った価値はある。
ウォークマンで聴いた後にmediaplayerで聴くとなんか音がこもってるように聞こえるんですよね…
ビックリした。
なにせ、それまでそれでも迫力あるなって思ってましたから。
音楽は大音量で聴きたい派なんですが、それって小さいと迫力がないように思えるからだったんですが、小さくても聴こえ方が違う。
クリアに聞こえてくるんです。

あと、ノイズキャンセルとか外音が聞こえるようになる機能とかがいい。
ヘッドフォンで聴いてて呼ばれても気が付かなかったなんてことありません?
外音が聞こえる機能を使ったら、切り替えた瞬間から完ぺきではないけど外の音が聞こえてきて、なにこれ!?どうなってるんだ!?ってなりました。
音楽の音量変わらずに外の音も聞こえてくる、なかなか新鮮な体験でした。

やっぱり専用機には専用機なりのメリットがあります。
ゼノブレイド2のサントラ発売の5月が楽しみだなぁ。

2018年2月12日月曜日

バレンタインデーに痛チョコ

あと2日でバレンタインデー。
最近は手作り派も多いのか100均のラッピングコーナーが盛況です。
生チョコ、ガナッシュ、トリュフ…いろいろありますが、簡単でかつ手が込んでる風に見えるのはやっぱり痛チョコ(キャラチョコともいう)
溶かしたチョコで絵を描いてるだけなんで結局チョコとしてはただのチョコの塊なんですけども、なんだか手が込んで見えますよね(笑)
…上の画像のは全部でまる2日ぐらいかかってるけど。
せっかくなんで製作中の写真を撮りました。
簡単メイキングのはじまりはじまり。

痛チョコを作ろう!

材料

必要なものは、下絵、ブラックチョコ(線用)、ホワイトチョコ、ミルクチョコ(茶色用)、色付け用の食紅、クッキングシート、つま楊枝、スプーン…とあとマヨネーズ。
マヨネーズが重要です。
食紅は水で溶かして使うとパッケージに書いてあるんですが、チョコに水分が入るとじゃりじゃりになってしまうんです。
なので代わりにマヨネーズで溶かします。マヨネーズは油分と水分がいい感じに混ざっているので綺麗に色がつきます。

※ここ重要ですが袋の裏の商品名の所に、マヨネーズと書いてあるものを使いましょう。カロリーハーフなどのものは裏を見るとマヨネーズ風ドレッシングとか書いてあります。そちらは水分が多いため、じゃりじゃりになってしまうことがあります。

下絵は反転コピーしましょう。完成したときに絵がひっくり返ってしまいます。そのままでもいいや…というのであればいいのですが、ひっくり返ると見栄えが悪い絵も存在します。

作り方

まずは下絵をセット。
下絵の上にクッキングシートを引きます。個人的におススメは100均でも買えるシリコンマットなんですが、今回は包丁で周囲をカットしたいのでクッキングシート使ってます。
なんでシリコンマットの方がいいかというとチョコレートって固まるときに縮む性質があるのでクッキングシートだとはがれて反ってしまうことがあるんですが、シリコンマットだと食いつきがいいのかはがれづらくなります。
はがれないと何がいいのかというと、はがれてしまうと線が浮いてその下にチョコレートが入り込んでしまうことがあるため、はがれない方がきれいにできるんです。
100均で買えるし、繰り返し使えるのでお試しください。

次はチョコを溶かして線を描きましょう。
つまようじで描いてる方もいらっしゃいますが、このコルネっていうのがとても便利です。
いわば、自作のチョコペン。
かなり細い線もひけます。
作り方も簡単です。
まずクッキングシートを三角に切ります。
切ったクッキングシートの真ん中で一回折り、そこを支点にしてくるっと巻きます。

巻いたら重なってるところをホッチキスで止めてください。
これで完成。
小さい絞り袋みたいなものですね。
チョコを入れて先を切って使います。
こんな感じに線を引いていきます。
つまようじよりはやく引けますよ。
線が引けたらこんな感じ。
あとは色を付けていきましょう。
最初はハイライト。白をのせていきます。

細かいところを先に塗った方が楽です。
次は色。色の作り方はこんな感じ。

だいたい食紅とマヨネーズは同じぐらいの量で。
混ぜたら、ホワイトチョコに混ぜて…
少しずつ混ぜていきましょう。
ちなみに私はアルミホイルをパレットにしてました。
固まったらどうするの?とお思いでしょうが、上の写真よく見ると下に湯のみが見えますよね?
中にお湯を入れて蒸気で温めてました(笑)
さあ作った色をのせます。
つまようじで少しずつ…線をひっかかないように気をつけましょう。
ようじについてるチョコが温かいので溶けてしまいます。
塗るというより置いていくイメージでやるといいと思います。
一色塗り終わったら冷蔵庫で冷やして、その間に別の色を作って…とあとはそれの繰り返し。





隣り合わないところなら、一緒に塗ってしまうのも手。
冷やして出してを繰り返すので結構時間かかっちゃうんですよね…
最後は白を重ねて補強。
 薄っぺらいので補強しないとおれちゃいます。
あと、背景を茶色にしたかったので。
ホワイトチョコを塗っておかないと色が薄いところは茶色が透けちゃいます。
この後はクッキングシートからはがせば完成…なんですが、ここからは個人的にやりたかったことがあるのでまだ続きます。

クッキングシートからうっすら線が見えてるのにお気づきでしょうか?
この線何かというと…カットラインでした。
ここを包丁でカットします。
なんでカットしたいのかというと、今回の下絵端で切れてるから。
チョコで描いてるとどうしても周りがはみ出てしまうので、カットした方がきれいかなと思って試してみることにしました。
 まずは包丁をお湯で温めます。
で、ざっくりカット。
出来上がりがこちら。
熱で溶けてしまうから思ったよりきれいにはいきませんでしたが…だいたいいい感じにできました!

ちなみに製作時間は2日ぐらい?
一気に6個づつぐらい作ってたら異様に時間がかかり…
午後1時くらいから始めたら、途中で夕飯食べたりしたとはいえ夜の9時過ぎぐらいに完成でした。
見たらわかると思いますが、色数が多いんですよ。
だから、何度も冷蔵庫とキッチンを往復…冷やす時間もあるのでそれで時間がかかってしまいました。
なので1個2個ならすぐできるかと思います。

ちょっとはみ出たりかけたりしましたが、結構いい感じにできたので満足満足。
味は…カットしたところ食べたけど不味くはなかった。
普通のホワイトチョコとはちょっと違う気がするけど、チョコの味でした。
匂いもしなかったかな?
作っているときは匂いましたが…

楽しいのでぜひ作ってくださいね~

2018年1月5日金曜日

ゼノブレイド2 行こう、楽園へ

久々の更新となりました。ずっとゼノブレイド2やってました。
限定版をネットで予約購入し、12月1日に届いたらすぐはじめました。
クリアまでは80時間ぐらいだったんですが、その後はレアブレイド集めやらやってないサブクエストやらをしておりまして…終わらない。
先が気になるストーリーのおかげで、サブクエストはほどほどにどんどん進めちゃったのでクリアまではこれぐらいでしたが、まだまだやることはたくさんで100時間は軽く超えるでしょうね。
(ちなみに前作ゼノブレイドはプレイタイム99時間59分までしかカウントできなかったので、実際どれぐらいやったかは定かではない)
できることなら、エンディング後の世界を旅したいなぁと思うくらい、浸っていたい世界でした。

とにかくゼノブレイドシリーズの特徴であるフィールドが走ってて楽しいんです。
前作ゼノブレイドの舞台巨神と機神の躯の上とは違って、それぞれの巨神獣と呼ばれる生物の上のフィールドはそれぞれが独立しているためにそこまで広さを感じないんですが、それでもやっぱり走り回ると広い!
RPGのフィールドってオーソドックスなタイプだと主人公のレベルに合わせて同レベルぐらいのモンスターが配置されてると思いますが、ゼノブレイドシリーズはその中に混じって高レベル帯のモンスターが普通に暮らしています。
それらからいかにして逃げるか?それとも戦うか?道を迂回するか?
そんなことを考えながら走り回って、追いかけられて…
目的地と目的地をつなぐだけだったフィールドが走り回って楽しいという思いをさせてくれたのが前作ゼノブレイドで、今作もその楽しさは健在です。
襲ってくるモンスターたちも、主人公のレベルが上回ると襲ってこなくなり、その姿を眺めているとそこで生きているなぁという感じがします。
巨神獣によってさまざまな風景があって、それも見どころ。
インヴィディア烈王国という場所はホントキレイですよ。

キャラクターやストーリーもいいですね。
命を助けてくれた女の子のために楽園に行くというストーリーの軸。
途中で挫折しつつも、それでも前向きに進んでいく主人公。
熱い王道展開に引き込まれ、どんどん先を見たくなります。
それと初期のギャグっぽさと後半のシリアスさがいい味出してます。
特に初期のギャグっぽさは、エンディングのスタッフロールで効いてくるんですよね。
いろいろあったけど、あのころは楽しかったなぁみたいな。
あんな日々が愛おしいんだなみたいな、そんな気分になります。
前作ゼノブレイドとのつながりも、前作ファンとしてはグッときました。
まさかこう来るとは!って驚きの連続。
ラスボス戦途中で入るムービーで聞こえてくる声には鳥肌が立ちました。
前作がもう一度やりたくなりましたね。任天堂さんぜひVCを…
キャラクターたちも、敵も味方も愛おしい。
前向きに走って行くレックスに引っ張られていく仲間たち。
前作は幼馴染だったり、友達だったりで身内の多いパーティだったのですが今回は一転旅先で出会う人たちばかり。
前作に比べたらそのつながりは薄いのかもしれないけど、レックスの姿に引っ張られてついていく、そんなつながりもいいものだなと思います。
ちなみに個人的に一押しはメレフとカグツチです。
本編ではかっこいい王子様系メレフとその秘書カグツチなんですが、キズナトークっていうキャラクターの別の一面が見れるイベントでのギャップが面白くてw
サブクエストやキズナトーク、世界観だったりいろいろ見えてくるからそこも楽しいですね。

もちろん、いい面ばかりじゃないです。
戦闘システムは理解できるまで難しいかもしれませんし(でもわかると結構シンプルな戦闘システムなんですよ)入り組んだフィールドはマップで確認してもわかりづらかったり…
あとメニュー画面でのソートがやりづらかったり、モンスターやアイテムを指定されてもどこにいるのか、どこにあるのか調べる方法がなかったり…
不便さはあるんですが、それを越えていく面白さなんです。
そうでなければ、クリアする前に放置してますよ、私。
むしろ、不便なところを無視してもクリアできちゃいます。

とにかく楽しい。
ゲームって結局やってみないとわからない。
だから、気になったらやってくださいと常々思っています。
今作は、不便なとこもアップデートしていくみたいですでに一回マップが見やすいようにアップデートが行われています。
だから、多分今後も感じる不便さを改善していってくれるんじゃないかなと思っています。

さてさて、今日も楽園へ行ってきます。

2017年11月21日火曜日

ゼノブレイド2発売まであと10日です!

一月にSwitchの発表会で披露されてから、十ヶ月…
ついについに、12月1日「ゼノブレイド2」が発売されます!

紹介映像とか見て盛り上がりましょう~



もうワクワクしますね!
予約済みなので12月1日が楽しみです。

「ゼノブレイド」という作品

前作「ゼノブレイド」が発売されたのは2010年。
7年前にWiiのソフトとして発売されました。
当時の私は、ゲームに飽きかけておりました。
当時「テイルズ」シリーズというバンダイナムコさんのRPGを好んでやっていたのですが、一つのソフトを時間をかけて遊ぶタイプだったので、クリアする頃にはまた新しいソフトが発表されて…の繰り返し。
テイルズシリーズはFFとかドラクエと同じく、シリーズといっても戦闘システムとかが共通しているだけで舞台やキャラクターは毎回異なります。
とはいえ、ストーリーは気分を盛り上げてくれたらいいというタイプなものですから、同じ戦闘がさすがに飽きてくる。
それでいてテイルズしかやらないから、ゲーム自体に飽きちゃったんじゃないか?と思うようになっていました。
そんなころ、「ゼノブレイド」が発売されました。

”ゼノ”ブレイド。
ゼノギアス、ゼノサーガといったゲームはご存知でしょうか?
実は、それを開発したスタッフたちが立ち上げた会社が、ゼノブレイドも開発しています。
やったことはなかったのですが、ゼノサーガは以前友人にプレイしているところを見せてもらったことがあります。
ロボットが出てきて、宇宙を旅して…すごくSFちっく。
ファンタジーを好んだ私には、ゼノと聞いたらそのイメージがあって買うつもりはありませんでした。
ところが。
こちらで見られるトレイラーを見た瞬間、欲しくなったのです。
すごく引き込まれました。
それでも少し不安が残るので、発売されていたから少しネットで評判をのぞきました。
かなりの高評価。
これは買わねばと、急いで買いに行きました。
そして、半年。
私はこのゲームを遊びつくしたのです。
トレイラーを見てもらうとわかる通り、7年前ということを加味しても決して綺麗なグラフィックではありません。
それでも、このゲームで描かれた世界は美しく魅力的でした。
起伏にとんだ地形。
どこまでも広がる大地。
解像度を高くして、細かく描くことで美しいグラフィックになる。
そう思っていた私にとって、それを美しいと思えることは衝撃でした。
魅せるセンスがいい。
よく見ればジャキジャキした草も、たくさん大地を覆って風に吹かれて、草原らしさを見せてくれました。
というか、今まで私のやっていたゲームだとフィールドマップの草というのは申し訳程度に生えているか、緑色に染まっていて草と見せているだけで、そこまで草原らしい草原の表現を見たことがありませんでした。
PS3で当時出ていたFF13の画面が時折テレビで流れていましたが、そこでも草の表現は芝生っぽいテクスチャが貼られているだけだったと思います。
草原を草原らしく、熱帯雨林を熱帯雨林らしく、そうはじめて見せてくれたような気がしました。
らしく見せる、ありえない風景さえも。
それが美しかった。
そして、全てがらしく描かれることで、嘘っぽい風景さえもそこでは本物になるのです。
没入感がありました。
そこを駆け回る楽しさがありました。
楽しさを思い出させてくれました。
だからこそ、「ゼノブレイド」という作品は私にとって特別です。

そんな「ゼノブレイド」の名前を冠した「ゼノブレイド2」
舞台は前作と変わって「アルスト」と呼ばれる世界。
キャラクターも設定も異なります。
だから2作目だし…と思っている人も、楽しめると思います。
私も新しい世界を、走り回りたい。
新しいキャラクターたちに早く出会いたい。
12月1日。
冒険の旅へ出かけませんか。

2017年7月19日水曜日

誰かと遊べばより楽し

スプラトゥーン2発売まであと3日…
発売が楽しみです。

ゲームってあまり私のまわりではやってる人いなくて…
いることはいるんだけど、スマホゲーだったり、CSでも私がわりとマイナーなゲームをやることが多いせいか、結局仲間を求めるとネット上ということにばかりなる。
でも、スプラトゥーンは前作が流行りましたし今回も盛り上がってて遊ぶ人がいて、そのおかげでよりワクワクしています。
スプラトゥーンは一緒に遊べるゲームですからそれはそれで面白いんですけど、ゼルダなんかのプレイヤーが一人のゲームも同じゲームで遊んでいると面白いですね。
ここはどうだ、あそこはどうやってクリアするんだ…
そんなことを話している時間がとても面白い。
大人になってゲームから離れていくのは、やっぱりこういう話ができないからなのかもしれません。
みんなの興味がゲーム以外にも増えて、ゲームだってジャンルが違ってきちゃったりして…
ゲームだけじゃなく、ネット上で実況というものが行われるのも、結局は楽しみを共有したいってことなんだろうと思います。
いつの間にか、交流とか共有することがメインになっていて作品はそのための媒体でしかない…なんてことも起きたりしてますが。
そういえば以前、任天堂の宮本茂氏がいっていたと思うのですが、相手がいれば面白い、だからメールって面白いんだ、そんな風なことを言っていた…はずです。
どの記事だったか思いだせなくてソースが出せないんですが、でも、確かにそうだなと思います。
ゲームだって、なんていうか、思った通りに動かせることも面白いけど、自分が思いもしなかった反応が返ってくるというのが楽しい。
ゲームじゃないけど、漫画家の車田正美先生が週刊少年漫画は読者との殴り合いだみたいなことを申していました。
殴り合いということは、双方向なんですね。
双方向だから面白い。
反応が返ってくる。
ゲームはプログラムなので、長くやってるとある程度反応が予測されてきちゃうけど、対人だとそうもいかない。
だから、誰かとやるとより長く楽しめるんだと思います。

ゲームが楽しいって素晴らしい。

2017年7月16日日曜日

スプラトゥーン2前夜祭遊びました。

さてさて、スプラトゥーン2の発売まであと5日となりました。
1をやっていなかったので、これを機会にやってみようかなと今回前夜祭遊びました!
試射会もやったんですけど、その時はホントダメダメな感じで…
これでだめならどうしようかな…と思ってたんですが。
今回は、何となく掴めた!そんな気がしました。

まず、初心者はローラーがいいのかなと思いました。
ローラーで前線に出ないで隙間なくぬりぬり。
地道に陣地を広げていく。
広げていくうちに戦いの真っただ中にいちゃったりするんだけど、ローラーだと轢いてしまえば一発で倒せるので、毎回うまくいくわけではないけどあっさり倒せてしまったりして面白かった。
試射会の時は、やっぱりガチ勢の中に初心者じゃ到底かなわないな…と思ったのですが、今回はなかなかいい戦績。
もうちょいやれば勝てそうだ!とか思えるとがぜんやる気になりますね。
試射会のときは、他のレベルが高すぎてもう越えられねぇ…って感じで。
そういうのってやっぱりやる気をそぐじゃないですか。
どうあがいても越えられそうにない。
スポーツで言ったら、アマチュアなのにプロの世界に放り込まれてもどうにもならない。
そんな感じでした。
でも、今回は時間の長さ的にもいろいろ試せて、あと前回よりもフィールドが広くていろいろ遊べましたね。
誰もいないフィールドを散歩したりもできるんですね。
チュートリアルやってから日が空いてたので、あそこで少しでも練習できるのはよかったです。
実際のゲームの場合はヒーローモードっていうのをやればだいたいの操作に慣れるらしいので、発売日が楽しみです。

こういう、体験版みたいなものはいいですね。
ゲームってやってみないとわからないところがあるんですよね。
体験版をやって購入を決めたゲーム、本当に面白かったです。
バテンカイトスっていうんですが。
キャラクターデザイン、結構癖のある絵柄だったので敬遠してたんですが、ゲームのアンケートに答えたら体験版が送られてきまして、せっかくだからとプレイしたらそのシステムが面白くて面白くて。
やり込んだゲームです。

スプラトゥーンも絵柄は結構癖のある感じですよね。
どちらかといえば、アメコミとかなんか海外の雰囲気。
昔やってたパワーパフガールズみたいなデフォルメの強い感じ。
でも、こういうのって楽しければやってるうちに愛着が湧いてくるんですよね。
バテンカイトスもそうでした。
システムが面白いので、これが流行るのはすごいわかりました。
ゲームが流行れば、癖のある絵柄でも受け入れられる。
それがすごく表れているのがスプラトゥーン。
それにあの絵柄のおかげで、スプラトゥーンの世界観が唯一無二って感じになります。
絵柄がリアル系な洋ゲーって詳しい人に言わせたら全然違う!って言うんでしょうが、外から見てると世界観の違いがよく分からないじゃないですか。
それが任天堂のゲームだと、マリオはマリオ、ゼルダはゼルダとそれぞれのテイストがあってデザインとしてまとまっているのでわかりやすい。
ちぐはぐさがない。
システムなんかも感じますが、グラフィックに関しても、どう見せるかをすごく考えているんだろうなと感じさせますね。
全てのものに理由があるとは言いませんが、でも、ゲームとか創作物って人の手で作られているもの。
そこにある意味付って結構大事だと思います。

ゲームの話からちょっと逸れてしまいました。
スプラトゥーン2楽しみです!

2017年7月9日日曜日

牧場物語2はじめました。

先日ついにVC化ということで喜び勇んでブログを書きました。
そして、ついに、WiiUでDLしてきました!
手元でできるなんて幸せです。
しかし、軽い。ささっとDLできちゃった。やっぱり昔のゲームは容量が少ないんだなぁ。

懐かしい音楽、懐かしい街並み…思い出が蘇ってくるような感じです。
しかし、OPでどうして主人公が牧場を始めるのか流れるものの、ほぼいきなり放り出される状態。
一応、上の画面を見てもらうとわかりますが、遊び方を説明してくれるメニューはあるものの、そんなのよりさっさと遊ぼう!なんてゲームをはじめたらチュートリアルなんてありません。
ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドも何もわからず放り出された感がありましたが、あれはあれではじまりの大地という場所自体がチュートリアルになっていてやってくうちにわかるんだけど、これは町の説明や出荷の説明はしてくれるものの、いきなり放りだされてはじめなきゃいけなくて、昔のゲームだなと感じました。
でも、意外と操作方法とか覚えてるもんですね。
どのボタンが、64のコントローラーのボタンと対応してるのかわからなかったものの、わかればだいたい思いだせました。やっぱりやり込んでると、覚えてるもんですね。

しかしまあ、一日がホントに短い!
あれ、もう真っ暗だ!なんて、何度も思いました。
とくに序盤なんて、荒れた牧場を開拓しつつ街に行ったりしていたら、平気で寝るのが夜中の3時とかになってました。
一番最後にやった牧場物語はふたごの村という作品だったのですが、あれはもっとゆったり時間が流れてました。
牧場仕事に慣れないうちから、山にいって採集とかしてても余裕だったのに、2は久しぶりにやってみたら全然時間が足りない。
早く寝るほど体力も回復するんですが、寝るのが3時とか4時の生活を続けていたら、もう2回も風邪ひいて一日潰してしまいました…
眠るのは大事です。

でも、だんだん慣れてくると余裕ができるんですよね。
なんだかそこがリアルに感じました。
仕事に慣れてきて、やれることが増えて…
山や街を散策してまわる時間もできて、心に余裕ができる感じでしょうか。
そうなってくると、だんだん一日の予定をたてて行動できるようになりますね。

予定をたてるのが結構大事。
このゲームでは牧場に蒔く種を街に買い出しに行ったりしないといけないんですが、一日中ずっと店が開いてるわけじゃないんですよね。
夕方には閉店。定休日もある。
だから、この仕事は後にしてタネを買いに行こうとか、今日は動物について聞きに行こうとか、時間がない中で考えなくちゃいけない。
でも、それがメリハリになりますね。
決まってるからこの時間に行かなきゃってなるし、後でいいかがきかない。
季節によって育てられる植物も違いますからね。たくさん収穫したいなら一日でも早く買い出しに行かないといけない。
不便かもしれないけど、季節の移り変わりを感じたり、あ、この人は今日は休みだから外にいるんだとかそういう発見があっておもしろいです。
便利さも大事だけど、ちょっと不便って方がどうしたらいいか工夫を考えるのでいいのかもしれません。

昔やってたときは、朝牧場の仕事をして、山で採集、街に降りてきて散策、最後は海で夜釣り…なんて生活してました。正直どうやってその時間を作れていたのかわかりません(笑)
うーむ、効率重視でその域に戻れるのはいつの日か…

このゲームの中に他の地域から放浪してきて、友好度によっては定着してくれるキャラがいるんですが、そのキャラがいうんです。
この町は親切にしてくれるけどそれが過度に干渉してくるものでもなくて、適度な距離感を保ってくれると。
お互いの生活を尊重している。そんな感じがして、物悲しさを感じさせつつどこか温かい。
やっぱり、これが好きなんだなと思いました。
ベタベタしてない、さっぱりしてる。互いにそこまで干渉しないのは、冷たいわけじゃない。
そこが好きです。

まだまだ、一年目の秋。
まだまだ、楽しめそうです!

2017年7月6日木曜日

ゼルダの伝説やってたらスマホゲーにほぼ触らなくなった話

今年の3月、NintendoSwitchで発売された「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」
それをはじめてから、一つ生活の中で変わった事があります。

スマホゲーに触らなくなったことです。

たまに「ねこあつめ」(これをゲームというのかわからないけど)で猫に餌をやったり、ちょっとした暇つぶしに昔入れたシンプルなパズルゲームをやるぐらいで、毎日ログインしなきゃとやっていたゲームには一切触らなくなりました。

ちなみにやっていたのは、聖闘士星矢のキャラゲーとカフェ経営するゲーム。
昔は結構キャラゲーがCSでもいろいろあったんだけど、今キャラゲーの主流はスマホアプリなんでしょうか。いっぱい配信されてますね。
星矢のゲームはPS3とか4で発売してたんですが、本体を持ってないし本体を買うほど欲しかったわけでもなく…でもスマホは持ってたので、せっかくだからとDLしてました。
はじめは面白いんですよね。
新しいキャラをガチャで手に入れたりストーリーを進めたり…でも、だんだん内心嫌になってきてたんです。
自分のことはゲーム好きと思ってはいますが、毎日帰ってきたら即ゲームとかそんな風に遊んでいたことはなく、やる日とやらない日がありました。
でも、スマホゲームだとログインボーナスがあって、毎日ログインした方がお得なんですよね。
とくに課金するほどではないなと思っている私のようなプレイヤーは有利に進めたいならログインは欠かせません。
それを続けていると…ただただログインしてアイテムを貰ってそれだけ、遊びはしない。
そんな風になっていました。

何故かというと、そのゲームの調整が悪いのかもしれませんが、だんだんストーリーを進めてくのが難しくなっていくんですね。
経験値が全然たまらない。
課金していれば、経験値を得られるアイテムを買えばいいんですが課金してなくて戦ってもらえる経験値だけで進めようとすると長時間拘束されます。
バトルが面白ければいいんですが、正直、ただ眺めてるだけの戦略性も乏しい感じで面白くない。

ストーリーだって正直不満です。
収録されているキャラクターが少ないせいでしょう。
あるゲームでは、なぜか物語の主人公である星矢やその仲間たちを頻繁に敵側で出してくる。
そこに理由なんてとくにありません。そんな細かいとこ気にしなくてもと思うかもしれませんが、敵キャラのグラフィックだって一応用意されているんです。
何故主人公が立ち向かってくるのか?そんな理由考えてもないでしょう。
そういうのが嫌いでした。
それに、やはりこの手のゲームは好きなキャラが使えるというのが売りだと思います。
が、無課金だと好きなキャラを手に入れるのだって大変ですし、手に入れたって一から育てないといけないとなると貰ったって結局使わないんですよね。
むしろ、アニメや漫画では特に愛着もなかった、でも初期に手に入れたキャラの方が愛着が湧いてたりする。
そこはゲームのいい点かもしれません。
けれども、どのみち、ストーリーに関わってくるのは、漫画やアニメでその場面にいた
キャラだけ。
いろんなキャラがいたところでただただ棒立ちしてるだけです。何にも面白くない。
使ってるキャラでストーリーが分岐するわけでもなし、ただただ有利に勝ち進めるパーティを組むだけ。
何にも面白くない。育成もめんどくさいシステムでしかない。

正直なところ、不満に思ったすべてがお金をかければ解決するんです。すべて完璧にではないにしろ。
とにかくそういう風に仕向けられたシステムの作りが嫌で嫌で仕方がなかった。
暇つぶしのためにやってるのに、なんでこんなにやらされている感を感じなければいけないのか。
とにかく、私はやらされてる感というのが嫌でだからこそスマホゲーはやらなかったんです。
それでもやったのは、好きな漫画のゲームだからで。
私がキャラゲーに求めるのは、そのキャラの違う一面とかそういうのが見れることであって、好きなキャラ集めたって面白くない。
こういうゲームで集めたってどうせ新しい何かをしゃべらんし棒立ちだし。

結局、私スマホゲー向いてなかったんだと思います。
最初は面白いなと思っても、だんだん作業感感じてくし、やらされてる感が強くなるし。
なんていうか、CSのゲームだったら、進めないのは自分の腕が悪いと納得できるんですけど、スマホゲーだと進めないのは金を払ってないから、そんな気しかしない。
カフェ経営のゲームはそうでもなかったんですが、こっちはこっちで、何度も開いてはコーヒー入れなおしたり掃除したり、サイドメニューチェックしたり(ほおっておくと焦げる)ゲームに時間が縛られていくことが嫌になっていく。

ゼルダに使った時間、それもまたゲームに縛られていたのかもしれないけど、そっちは好きな時に始めて好きな時に終わっていいんです。
時間の使い方はこっちの自由なんです。だから、同じぐらいの時間を使っていたのだとしても、イライラしてない。
遊んでて楽しい。試練をクリアすると、達成感を感じる。
その楽しさに触れたら、本当にゼルダばっかりやってて、スマホゲーにログインしなきゃと思うことさえなくなっていました。
もちろん、面白いスマホゲーだってあるんだろうけど、探す気にはなれません。
CSの方で楽しいゲームがあればそれで充分。
ずっとゲームばっかりやってるわけでもないですし。

最近、イベントで好きなキャラがもらえる!みたいなことをやってるみたいですが、それさえ魅力に感じませんので戻ることもないでしょう。
だって、確かに好きな漫画だからと始めたけど、別にキャラクターあつめたくてやってるわけじゃないんですもん。
ただただ、面白いゲームがしたい。
ただ、それだけなんです。
どうせ遊ぶなら、イライラしない方がいいでしょ?

「牧場物語2」日本でも配信です!!



今年の2月ごろ、海外での配信が決まったニュースが入ってきていつか日本でも…と思っていたら、しれっと配信開始してました!
価格は1,028円。1,028円で遊べる…!

YOUTUBEを見てたら、おススメの動画を載せているところに懐かしいスタート画面がWiiUゲームパッドに表示されている絵と「牧場物語2 プレイ映像」のタイトルが。
え?と思ってのぞいてみたら、なんと知らないうちに配信されているじゃありませんか!
もう、嬉しくてうれしくて!
64というハードで出されたせいか、マイナーなゲームになっちゃってますが、私はこの牧場物語2が大好きで!
牧場物語というタイトルなのでもちろん牧場を経営するゲームなんですけど、住人達と交流するのが楽しいんですよね。
毎日話しかけたり、プレゼントをあげたりしてるとだんだん仲良くなっていく感じがいいです。
最初はお客さんって感じの対応だけど、だんだん仲良くなっていくたびに受け入れていってもらえてる、そんなセリフのセンスが素敵でした。
牧場経営だけだと、単調になりがちなんですが、住人達との交流や時々開かれるお祭りなんかに参加してると楽しいですね。
ほのぼのしていて、それでいてどこか田舎の物悲しさが感じられて。
しんみり温かい世界観が、本当に練り込まれていて素敵です。

子供の頃、親がでかけていないときに延々と遊んでました。
昼飯時になっても、まあいいかって延々とプレイ。ゲームの中ではケーキ食べたりしてたけど(笑)
ジャガイモの収穫時期がわからなくて、花が咲いたまま夏を迎えて枯らしちゃったなぁ。
植物って、花が咲いてそれが散ってから実がなるイメージがあったのでジャガイモの事知らなくて花が咲いた後まだ何かあると思ってたんですよね(笑)
あのころは(今もですが)知らないことが多かった…

1999年発売のゲームなんで、できることは今の牧場物語シリーズと比べたらホント少ないし、時間経過も結構速い。
でも、その限られた時間の中で、日々の生活のための農業畜産をこなしつつ、街の人との交流をしていくために時間を作る…それが楽しくて楽しくて。
日常に追われつつも、住人たちとの交流で心が温まるというか癒されるというか、そういうホッとする時間とのメリハリがいいなと思います。
イベントもいろいろ凝ってるんですよね。
めっちゃやり倒したつもりだったのですが、ネットで検索したら出てくる出てくる知らないイベント。
嫁さんが実家に帰っちゃうイベントとか、わざと無視し続けないと出てこないからやったことなかった(笑)

今のゲームに比べたら、行動パターンも数えるほどしかなく、街も狭いし外の世界を感じさせても外には行けない。そんなゲームですが、遊んでいるとキャラクターたちがその世界の中ですごく生き生きしてるのを感じます。
できることが少なかったからこそ、表現できたゲームなんじゃないかなぁと思います。
イベント事があると強制参加なんてゲームもありますが、参加しないで牧場の仕事してても別にいい。
そういう、自由さもいいですね。
実際の田舎だと参加しないとあれな時もあるけど、ゲームなんでそういうことはないし。
田舎暮らしではあるけれど、みんなある程度距離感を保っていてくれている。
そういうのが心地いいのかもしれません。
相手を尊重している。それぞれの生活に過剰に干渉はしてこない。ゲームのキャラにそういうこと言うのもあれなんですが。
過剰に干渉してこないところが、自由さを感じさせてくれます。

WiiUでもいいんですが、ぜひSwitch版も…!
WiiUだとつなげるものがいろいろあって面倒なところもあるんですよね。
その点Switchは本体だけでOK。ホントこのハード、楽です。
ま、とりあえずWiiUで遊びまーす!!
この機会に、当時64持ってなくてやらなかった方も、もちろん興味がある方もぜひぜひ遊んでください!

2017年7月3日月曜日

妄想ができないのは情報が足りないから

以前はもっといろいろ想像できてたのになぁ…
二次創作をしていると、そんな風に思う時がある。
もう飽きちゃったのかなとかそんな風に思うけど、多分、半分正解で半分間違いだなと考えた。
私は基本的に二週目というのをやらない。
同じ本を二度読むときは、数年たってからあるかないか、完全に内容を忘れてしまったときだけ。
ゲームだって、どんなにハマっても二週目はまずやらない。
一度読んだ本、一度やったストーリー、つまり同じものを何度もやりたくないのだ。

妄想できたころを思い出してみる。
漫画やアニメ、ゲームにハマった時。
それは、本や映像を読んだり見たりした直後。
まだまだ、いろんな記憶が鮮明な時。
そういう時は、細部まで結構覚えていたりして、この時のこの行動は?とかこのセリフはとか考えられていた。

だけど、記憶というものはだんだん薄れていく。
自分は結構記憶力がいいと思っていた。
忘れる部分は確かにあるけど、思い起こせる部分から考えていけば思いだせる。
そう、思っていた。
だけど、人から借りた漫画でどうしてもわからない部分があって、よし、自分で買って読むか!とはじめて漫画を2回読んだとき、あまりに覚えていないことに気が付いた。
確かに印象的な部分は覚えている。
だけど、細部を覚えていないのだ。
わからなかった部分は、そういった細部を読み取っていけば理解できた。
読み返す大事さを感じた。
そして、読んだ直後というのはいろんな想像、妄想が出てくる。
時間が経つと、それが減っていく。
それに気が付いた。

少ない情報だからこそ、想像させられるとは、よく聞く。
だけど、少ない情報で想像できるものは、多分、自分がわかっている範囲のことでしかない。
でも、自分がわかっている範囲が広ければ、想像もかきたてられる。
つまり、結局、自分がすでに持っている情報が多ければ多いほど、想像は容易くなるのだ。

最近、絵ばっかり描いてるから物語の方が妄想できないのかなと思っていたけど、簡単なことだった。
以前、気が付いたことだった。
薄れた情報を頼りに妄想してたって、同じことしかできないのだ。
何度も何度も見直すことで、新しいことに気が付くことだってあるはず。
ただ、アニメにしろ漫画にしろ、読み返すのって結構労力がいる。
時間がかかるのだ。
それをかけられるうちはまだ飽きてない。
かけられないのなら、飽き始めてる。
多分、きっとそう。
もしくは、同じものばっかり見てたから、視点が凝り固まってしまっているのかもしれない。
それゆえに、妄想ができなくなっている。
いろんな情報を取り入れ、いろんな視点を探る。
それが妄想するために必要なものなんだろうと思う。

さて、久しぶりに読み返そうかな。

2017年6月18日日曜日

ARMSプレイ中

さて6月16日、Nintendo Switchで「ARMS」発売されました!
さっそく買ってきましたよ~
ただいま、ランクマッチに参加すべく練習中です。

ちなみに私は格ゲーは好きなんだけどまったく下手くそでガチャガチャやってるだけのプレイヤーでした。
さすがに長くやってると勝てなくなるから、とんと格ゲーからは離れておりました。
まず、コンボとかそういうのが覚えられない。
覚えようと思ってコントローラー動かしても、お手本の通り動かしているつもりなのにまったく技が出ない。
一瞬の判断を要求される、そんなゲームは好きなんだけど、判断できても対処できなければ面白くないんですよね。
そんな、格ゲーが苦手な私にもできるのが「いいね持ち」
Switchのコントローラーは分離できるので、両手に握ってまるでボクシングするみたいな直感的な感覚でプレイできるのと、覚えることは少ないからすぐに楽しめる。

とはいえ、格ゲーなのでホント難しい。
ガチャガチャやってるだけではやられてしまいます。
攻撃を読み、隙を見て攻撃…反復練習が必要ですね。
こういったアクションさせるゲームってRPGのレベルのように見た目にわかりやすい強さがないんですよね。
(もちろんアクションゲームにもレベルがあるものはありますが)
でも、だからこそ、自分自身が強くなっていく感覚がある。
そこが楽しいんですよね。

RPGですが、私がテイルズオブシリーズが好きだったのもそのため。
ドラクエのようなターン制バトルじゃなくて、ボタンに好きな技をふりわけて、見た目は格ゲーっぽいような戦闘でした。
もちろん、RPGなのでレベルがあってレベルをあげれば、ガチャガチャやっていても勝てるようになります。
ただ、やはり格ゲー的なものが好きだった私は、常に適正レベルぐらいを保てるようにやっていました。
ギリギリを演出してたんですよね。
全然勝てないときだけレベル上げって感じでした。
ギリギリで勝てると、よっしゃ!!って達成感があって面白いのです。

最近はスマホゲーをメインに遊んでいました。
キャラものだったので、好きなキャラクターで遊ぶ!ということだけがモチベーションでした。
ただ、お金をかけないとすぐに強くできなかったり、レアなキャラクターが手に入らなかったり…
なんていうか、運営に踊らされてる感を感じてしまってダメだったんですよね。
ゼルダ始めてから一切手をつけてません。
アクション系が好きな私に、ターンバトル的で、さらに自動で進んでいくタイプなんて、向いてないことは明白だったのかもしれません。
スマホゲーは息抜きにもなりませんでした。
最初はそれでも楽しいんですよね。
でも、息抜きなのに、時間に追われ、イベントに追われ、本当に運営の手のひらの上って感じで…
全てがそうとは言いませんが、本当にこのやらされてる感が嫌。
だから、最近のDLCもあんまり好きじゃなかったんですよね。
テイルズシリーズでそういうコンテンツをはじめて知ったせいでしょうか。
あれだと、以前はソフトだけで手に入っていた衣装なんかのコンテンツが、最近は有料になってて。
なんだか、金額分入ってないじゃない!なんで追加で払わないといけないのよ!って感じに思っちゃったんですよ。
運営が、開発がこっちがやりたいことを握っている。
だから、RPGで話しかけられないキャラがいるのも嫌い。入れないドアがあるのも嫌い。
全部に話しかけるわけじゃないし、入るわけじゃないけど、それを決めるのはこっち。
用意できなかったから話しかけられないなんて、お前らの都合だろ?…とか思うタイプ。
めんどくさい奴です(笑)

ランクマッチにたどり着けるよう頑張っていきたいと思います!

2017年6月12日月曜日

コスプレすること

アニメやゲームのキャラクターに扮する、コスプレ。
ネットで検索するといろんな写真が出てくる。
日本人はもちろんのこと、外国人の気合の入った写真は見ていて面白い。

今日、こんな記事があがっていた。

イスラム女子の「コスプレ魂」 ヒジャブで「盛り髪」戒律を逆手

イスラム圏の女性は、髪や肌を露出してはいけない。
髪はヒジャブというスカーフで覆い隠している。
それゆえに、コスプレはできなかった。
けれども、それでも彼女たちは大好きなアニメやゲームのキャラクターになりきりたくて、ヒジャブのカラフルなカラーでキャラクターの髪の毛を表現したのだという。

ときどき、イスラム圏の方なのかどうかはわからないけれど、頭にスカーフを巻いた人たちがいるのを街で見かける。
けれども、戒律でそう決まっているのだということを意識したことはなかった。
そういうものだ、とただただ思っていただけだった。
だから、コスプレすることと、戒律を守ることを天秤にかけなければならないということがとても衝撃的だった。
私もコスプレをしたことがある。
その時は、恥ずかしさとやってみたいという気持ちを天秤にかけた。
でも、それは本人の気持ちの問題というか、心持の問題というか、そういう問題であって、恥ずかしさをただただ投げ捨てればよかっただけだった。
けれども、信仰によるものを天秤にかけることは、気持ちの問題だけじゃないと思う。
信じているものを裏切ることは、とても重たいものだから。

そういえば、近年はハロウィンなんかで仮装する人が増えた。
それゆえか、オタクたちが作り上げたコスプレのルールを知らない人も多いのではないだろうか。
知り合いと話していて、ふと気が付いた。
コミケなんかがテレビで映るようになってから、そういうイベントがあることを知ってはいても、ルールは知らない。
知っているだろうか。
コミケのような同人誌即売会でコスプレする場合、自宅から衣装を着てきてはいけないことを。
(イベントによってはそもそもコスプレ不可の場合もありますので、事前にHPの確認等が必要です)
一般人(とオタクはオタク以外の人を表現する)の前でコスプレをしてはいけないのだ。
それは自衛のため。最近は上記のハロウィンなんかもあるし、オタク、コスプレの存在がテレビでも見えるようになってきたからか、受け入れている人も増えたんだろうけど、やっぱり変わった趣味だ、何してるんだ、見たくない、と思う人もいる。
そういった批判をかわすには、わかっている人たちだけのスペースでやるのがいい。
だから、イベント会場の決められた場所だけ、と決められているのだ。
というのを、知り合いは知らなかった。
自宅から着ていったらダメなら何処で着替えるの?と聞かれたのが、なんだか衝撃的だった。
でもそれは、普段どういう風に生活しているか、それが少しでも違うだけで、自分たちの常識は常識ではなくなるということ。

はじめてコスプレして、友人にコスプレイベントにつれて行ってもらったときのことは鮮明に覚えている。
ポーズをとって人に撮影してもらうことなんて全然ないから、なんだか気恥ずかしかったっけ。
それでも、いろんな恰好をした人たちが、思い思いに撮影している、そんな空間に初めて触れて、新しい世界が見えて面白かった。
私は、その世界にはじめて入った身。
そこにいる彼、彼女らを不快にしないために、そこのルールを守らなければならない。
お互いに気持ちよく楽しむためにも。

2017年6月11日日曜日

命の軽さとゲームに関係はあるか

こんなニュース記事があった。

小学生の間で流行っている危険な“度胸だめし”。やめさせるにはどうすればいい?

子供たちが、車やバイクが走っている道路にわざと飛び出す、そんな危険な度胸試しをしているらしい。
その理由の一つが、これを書いた記者はゲームにあると書いていた。
高いところから落ちても死なない、死んでも復活できる…だからこそ、今の子供たちは命を軽く見ている。
正直なところ、まだそんなことを言う人がいるのかと思った。
私が子供の頃から、そんなことは言われていた。
子供はゲームという架空の世界と現実に区別がつかないから、簡単に死んで生き返るゲームばかりやっていたら、命を軽く思ってしまう。

確かに、ゲームの中の命は軽い。
でも、そうでなければ、何度もやり直したりしない。
最近私がやっていた、ゼルダの伝説もそうだ。
何度も死んで、やりなおし。
すぐに再開できるから、何度も挑戦してみる。
そうでなくて、死んだらもう遊べません!なんてゲームじゃ、まずほとんどの人がやらないだろう。
命の軽さは、失敗しても再挑戦しやすくするためのものなのだ。
それゆえに、ゲームの主人公たちの命は軽い。

ファイアーエムブレムというゲームがある。
最近のものは違うんだけど、昔は死んだ仲間は二度と使えないシステムだった。
そういうゲームだと、かなり慎重になる。
リセットすれば確かに生き返るのだけど、リセットしたら、はじめからやり直しになってしまう。
先述のゼルダの伝説の場合は、死んでやり直すときは直近のセーブした場所からすぐにやり直せる。
自動でセーブが行われているので、ほとんど死んだポイントに近い場所から再開できるのだ。
でも、ファイアーエムブレムの場合は違う。
ファイアーエムブレムは章仕立てになったゲームでそれぞれの章で用意されたマップ上の敵を倒していきながら城を制圧するゲームなのだが、リセットしたら再開される場所は章のはじまりから。
マップの途中でセーブが残せないのだ。
どんなにうまくいって、制圧直前でも、リセットしてやり直ししたら初めから。
やり直しがめんどくさいのだ。
めんどくさいからこそ、慎重になる。

ゼルダの伝説がどうしてそういうすぐに再開できるシステムになっているのかといえば、隅々まで探索してほしいからなのである。
ちょっと考えてほしい。
駅からある場所に向かうのに、道に迷ったり、方向を間違えたりしたら、毎回駅に戻されてそこからやり直し。
たとえ、目的地が目前にあったとしてもだ。
そういう場合、寄り道なんかもちろんしないし、決まったルートを通るんじゃないだろうか。
そうならないために、何処を通ってもいいし、再開が楽なシステムになっているのだ。

そんなゼルダの伝説だけど、ストーリー上で死んだかつての仲間たちは生き返らない。
魂となって確かに存在はしているけれども。
最初にであう、ハイラル(ゼルダの伝説の舞台)の王もいなくなった後はエンディングまで出てこない。
すでに死んでいて、魂のまま、主人公のリンクを見守っていたからだ。
主人公の死はいくらでもなかったことにできるのに、彼らの死は決してなくならない。
ハイラルの王が日記を残してるのだけど、それを読むとなんだか切なくなる。
リセットしたってやり直しがきかない死。
ファイアーエムブレムも存在する。
ストーリー上の死は覆らない。
自分の手で救える命と、そうでない命。
ゲーム上にはそれが存在している。
私は思うのだけど、ゲームというのは達成感を与えてくれるものだ。
自己効力感、自分ならできる!と思わせてくれるものだ。
それでも、どうしても覆らないものがある。
その死は重い。他が軽いからこそ、重くなる。

最初の記事に戻ろう。
子供たちが命が軽いと思うのならば、それは、現在の日本が死にがたい世界だからではないのだろうか。
死は遠ざけられ、または、美化される。
映画やドラマで描かれる死は、ドラマゆえにドラマチックだ。
もちろん、そうでないものもあるけれども。
医療が発達し、治安もよく、みんな長生きする。
死は身近にない。
命が軽いということは、死の重たさ、悲惨さを知らないということではないだろうか。

記事の記者が、ゲームに原因を求めるのと同じように、私のこれも感覚的に思っているだけに過ぎないのだけれど、そう考える。

2017年5月28日日曜日

ARMS のびーる体験会プレイしました。

6月16日発売の「ARMS」昨日今日と体験版が遊べるとのことでさっそく遊んでみました。
普通のコントローラーでも遊べますが、やっぱりここはジョイコンでプレイです。
毎回一時間という短い時間でしたが、テンポよく対戦が決まっていくのでたくさん遊べました!
(ちなみに、今日は21時27時にもプレイできるので気になった方はぜひ)

ちなみに私、格ゲーは割と好きな方なんですが、ただ、どうしてもコマンド入力が苦手で…
ストリートファイター2とか昔遊んだんですが、説明の通り入力してるはずなのに出したい技がいっこうに出せない。
そんなんじゃ全然勝てないから面白くなくなるので、だんだん遊ばなくなっていました。
だからこそ、期待していたのです。

格ゲーというと反射神経の戦いみたいな、すごいスピードを要求されるようなイメージがありますが、このゲームはパンチがゆっくりな感じ。
だから私のような、ガードが上手く決められないから一切ガードしないとかやってた人間でも、ガードが上手くできたり、カウンター決められたり楽しかったです。
考える余裕ができる感じですね。
戦略が考えやすいから、とても楽しかったです。
パンチが伸びるから、基本的に相手との距離があるんだけどだからこそ、相手の動きもよく見える。
考えながらもジョイコン操作で直感的に動ける感じが楽しかったです。
焦るとついつい連打してしまったりしますが(笑)

迷ってましたが、これは買いですね!

さて、今回これで遊んでみて、SwitchはWiiの進化系であることを強く感じましたね。
Wiiといえば、体感ゲームってぐらいリモコン型のコントローラーを振るCMの印象は強かったと思います。
「ARMS」はWiiがあったからこそ、作られたゲームなんだと思いました。
体感ゲームをここまで仕上げてきたか!って感心しちゃいました。
ちなみに、ARMSに期待してたのは、日ごろの運動不足も解消されるかなってとこもありました(笑)
体感ゲームの子供っぽさって、体感ゲームはただただバットを振ったりしているだけで結構面白かったりするから、遊びとしてあまり練られていない部分があるところかなと思います。
でも、今回は遊びの部分をしっかり練って作り上げられてるんだなというのをひしひし感じました。
やっぱり、任天堂はそういうところが上手いなーと思います。
発売日が楽しみです!

2017年5月26日金曜日

ゲームのプレイタイムとプレイ期間

「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」発売してから一か月たらずでクリアしてしまった。
今回のゼルダの伝説は正確なプレイタイムが表示されないので正しい時間は定かではないが、空いている時間を全部費やしたので100時間くらい遊んでしまった。
発売してから一か月足らずでクリアしたことなんてそうそうなかったし、かつ、プレイタイムが100時間越えなんてめったになかったから驚いた。

私は学生の頃、周りの友人がやめられなくて朝まで遊んだとか、100時間以上遊んだとかそういう言葉にすごいなぁと思っていた。
私は、そこまでハマらなかったなと。
とくに一つのゲームにかける時間なんてクリアまでに時間がかかるRPGで60時間が限度だった。

100時間、そこまでハマるなんてすごいなぁとあのころは思っていたのだけど。
今回すごく早く終わらせてしまったことにちょっぴり後悔している。
子供の頃は、親の目もあるしちまちまプレイしていた。
プレイタイムが60時間でも、クリアまでに2,3か月かかっていた。
そのころの方が、もっと、なんというか一つ一つのゲーム内の体験が濃密だったように思える。
それは子供だったからなのか、わからないけれど。
今、周りでちまちまと遊んでいる人がいると、なんだか羨ましくなる。
やれることはあるけれど、一度クリアしてしまうとモチベーションが下がってしまう。
もっと、ゆっくり遊んだらよかったのになと思った。

ゼノブレイドという作品がある。
これが多分私がはじめて100時間を超えたことを意識した作品だった。
意識せざるをえなかったというか。
普段はあまりどのくらい遊んでいたかなんて気にしないのに、気になったのは、このゲームのプレイタイムが記録されるのが、99時間59分までだったのである。
ネットでその情報を聞いた時、でも、私は多分60時間ぐらいでクリアするんだろうと思っていた。
なのに、気が付いたら、カウントがストップしていた。
正確なプレイタイムはさっぱりわからないけど、とにかく100時間は確実に超えている。
私はこのゲームをクリアするのに、半年かかった。
あの半年と、この一か月プレイタイムにしてみたら多分同じぐらい。
だけど、多分、思い入れはゼノブレイドの方にある。
だって、半年の間、そのゲームのことを考え続けたのだから。
プレイタイムに表れない遊んだ時間が確実に存在していた。

そう思えば、60時間だとしても(まあ、それでも近年のゲームで遊んでいる人間からしてみれば長いと思うのかもしれない)少しづつ少しづつ進めていたあの時間は、ハマっていたと言っていいのだと思った。
記録されないプレイタイムが存在している。
ゼルダの伝説は、それに気が付かせてくれた。

2017年5月6日土曜日

ゲームでしか描けない物語「バテンカイトス」

「バテンカイトス」というゲームをご存知でしょうか。
2003年にGCで発売されたRPGです。
GCで発売されたので、やったことがない人の方が多いんじゃないかな…
PS2だと読み込みが遅いから発売できなかったんですよね。
おかげでマイナー作品…いやでもこれがあったからこそ、モノリスソフトが任天堂に来て、ゼノブレイドができたわけなんですけど。
PS2で出ていたらいろんな作品の中に埋もれて、気が付かなかったかもしれないし。
新規作って子供だった私には数あるソフトから選んだのに面白くなかったら?と思うと買えなかったけど、テイルズオブデスティニー2についていたアンケートハガキを送ったところ、夏ごろにナムコから体験版が送られてきて、そのカードゲームっぽい戦闘システムが面白くてこれは買いだ!と購入した思い出のゲームでもあります。
Switchで配信されないかなーと密かに思っております。
というか、3を開発してたりしてませんか!?

さて、このバテンカイトス。
このゲームはストーリーはゲームならではという感じに作られています。
小説や映画、アニメとは違う、自分で操作してこそというストーリー展開。
どういうことか、説明していこうと思います。
ネタバレを含むので一応注意。

プレイヤーとキャラクターの関係

ゲーム上で操作するキャラクターはたいていの場合、プレイヤーの分身ですよね。
キャラクター付けが濃いものに関しても、感情移入できるかどうかは別としてゲーム上でプレイヤー自身の代わりにゲームの世界に触れる存在です。

ところがこのゲームにおいては明確にプレイヤーの存在が設定されています。
プレイヤーは主人公であるカラスという青年を操作しているのですが、カラスは決してプレイヤーの分身ではありません。
このゲームの世界には精霊という存在がいます。
プレイヤーはこの精霊という登場人物の一人になるのです。
プレイヤーは、精霊憑きというこの世界でも珍しい精霊の声が聞こえるカラスについている精霊という設定になっています。

ゲームを進めていくとき、カラスは何度も精霊に助言を求めてきます。
他のゲームで「はい」「いいえ」と選択肢を選ぶ場面が出てきたとき、それを選ぶのはプレイヤ―ですがゲーム内では主人公たちが選択したという体で話は進んでいきますよね。
でも、このゲームの場合は精霊である自分自身が選んだことになるのです。
面白いのが、ストーリー上で選択肢を選ぶ場面があるとカラスは必ず画面のこちら側を見るように正面を向きます。
画面の向こう側からこちら側へ問いかけるように。
まさに、このゲームのプレイヤーとキャラクターの関係は、ゲームを遊んでいる姿そのものなのです。

この設定の作り方こそ、ゲームにしか描けない物語なんだなと思いました。
こちらの操作に対して反応が返ってくるゲームだからこそ、描ける物語です。
漫画やアニメの場合は、こちらに関係なく話は進んでいきますから。

また、キャラクターの設定もうまい。
カラスは斜に構えたキャラクターなので、人助けも周りに言われたから嫌々やるような、自分の目的一番なタイプ。
だから、はじめはプレイヤーの選択とカラスの考えてることって一緒じゃない。
物語中盤、決定的に違っていたことに気が付く場面がでてきます。
なんと、彼に裏切られ、ゲームの世界から追い出されてしまいます。
画面が真っ暗になってしまうので、え?これどうすんの?終わり?と思ったのを覚えています。
その後、他のキャラクターが呼び戻してくれ、いろいろあってもういちど彼と旅をすることになるわけですが…
だけど、だんだん遊んでいくうちに感情移入して、カラスの選んだこと=プレイヤーの選択になっていく(ただし、全員がそうとらえられるかどうかは定かではありませんが)
ストーリー後半になっていくと、それまで何でもかんでもこちらに聞いてきたカラスがだんだん自分でこうしたいとこっちに聞かないで決めていくようになるんですよね。
でも、世界を救いたいというようなそういう思いで動き出したので、私としては彼の選択に違和感がなくむしろ一緒に戦っている仲間としてその選択を尊重したい、そう思えるようになっていました。

でも、ラストであれ?と思うわけですよね。
感情移入して、精霊とカラスという別々の存在だった関係がいつの間にか、他のゲームと同じくプレイヤー=主人公になっていたのに、やっぱり違うことに気が付く。
選択肢が減っていたとはいえ、一応こちらに大事なことは聞いてきていたのに、ラストでは逆に自分の選択に同意を求めてくる。
エンディングでは、こっちの世界はもう大丈夫だから、お前の世界で頑張れ、つまり現実で頑張れと手をふって別れる。
漫画やアニメでも、楽しんだ作品はもっとその世界を知りたい、見てみたいと思うものだと思います。
ゲームでも、終わった後もその世界でこのキャラクターはこういう風に生きていてと想像するのが楽しい。
でも、このゲームでは登場人物の一人だった精霊=プレイヤーはその世界にはとどまれずに追い出されてしまうのです。
さわやかーに終わるんだけど、なんだか、寂しさがつのったのを覚えています。
漫画やアニメでも、キャラクターがまるでこちらに問いかけているかのように終わらせる作品もありますが、このゲームの場合はっきりプレイヤーに向かってしゃべってるんですよね。
なんだか、舞台の挨拶のように横並びにキャラクターたちがならんで、エールを送るかのように一言一言。
現実逃避的に遊んでいたものだから、せっかくのエールがなんだか痛かったのです。
もっとそこにいて良いと言って欲しかった。
そんな思い出の作品です。

プレイヤーという存在をはっきりと定義した、そして定義できるゲームという媒体だったからこそ、紡げた物語だったなと今でも思います。
双方向性のあるものだからこそのストーリー。
ゲームにしか描けない物語がそこにありました。

2017年4月9日日曜日

発見の面白さ ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド

「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」が発売されてから一か月が経ちました。
プレイ中の皆さまいかがお過ごしでしょうか。
私は、とりあえずラスボスを倒してからやり残しをちまちま遊んでおります。
結構いろいろやったつもりなんですが、遊んでいるとこんなことできたのかと新しい発見があって驚かされます。

最近驚いたことは…新しい馬宿を見つけたことです(笑)
普段は素材が拾えないからと、足で縦横無尽に歩き回っていたのです。
でも、馬宿や住宅に貼ってあるレシピを映し絵に納めるべく、取り残しはないだろうけど街道をちゃんと歩いてみるかと馬で街道を走っていたら…聞こえてくる馬宿のBGM。
これが聞こえてきたとき、なんだかもう笑ってしまって。
まだあったのか!!と驚きと同時に嬉しくなってしまいました。
何もない田舎道でふと明かりを見つけたようなそんな気分でした。
レシピも壁に貼ってあって、やった!って感じですね。
まだまだ、知らないことがたくさんあるんだなーとワクワクしてしまいます。

発見する楽しさ

ゼルダの楽しさって、多分これだと思うんですよね。
謎解きだって、こうすれば解けるというのを思いつくと興奮しますね。
今回はとくに力業でも解けたりして、こんな解き方間違ってるんだろうなと思いつつも思いついたことに嬉しかったりして。
私は、アニメや漫画なんかでもここの描写はこういうことを言ってるんじゃないか?とか気がついたりするのが楽しいんですが、やっぱりゲームだと自分で操作して見つけ出すので喜びが違いますね。
あと、今回のゼルダは他人のプレイを見るのが面白い。
自分では思いつかなかったアイテムの使い方なんて見ると、面白いのと同時に悔しくなります。
ゲームでは、与えられるアイテムはみな同じですから、そこからその発想はなかった!ということをやられると悔しい。
もっと頭を柔らかくしないとですね。

発見の楽しさとコレクション性

発見する楽しさを補強するシステムが取得していないものは「???」と表示されることであったり、図鑑があったりすることですね。
ゼルダの図鑑は、自分で写真を撮影して載せるので、どんな構図にするかとかも考えるのが楽しいですね。
あと、撮り逃してもあとで購入することができるので気軽にできるのもポイント。

どうしてこれが楽しさを補強するのかと言いますと、まだ、見つけていないものはやっぱり名前とか知りたいじゃないですか。拾えるアイテムも見た目がわかりやすいから見つけたらそっちに走り寄っていってしまいます。
ただ、後半に入ってくると見つけたものばかりになりますから作業も単調になってきてしまう。
そこで必要なのが図鑑ですね。
見つけても映し絵に撮っていなければ探しに行かなければいけませんし、図鑑に表示されることでまだ見つけていないもの撮影していないものがわかりやすいのです。
まだ知らないことがあるとわかりやすいからこそ、探しにいきたくなる。
図鑑に空白があるとなんだか気持ち悪いし。

他のゲームにだってこういうシステムはあるわけですが、図鑑は自分で撮影しないと登録されないとか少々不親切。
そういえば、ポケモンも捕まえないと図鑑の詳しいデータは見れませんね。
ひと手間入ることで、印象が強くなる。
最近のゲームって結構親切なところがありますが、不親切さも必要かもしれません。

発見の楽しさを組み込まれたストーリー

今回のゼルダは、ストーリーの起こる場所も自分で発見していかなければいけません。
映し絵に残された写真を頼りに100年前の記憶を取り戻すメインチャレンジが最たるもの。
写真を頼りに見つけ出すのは楽しかったですね。
この物体が映っているからこの地方、この角度はこのあたりじゃないか…
こうして自分で考えて、そしてそれが正解だった時、嬉しかった。
それから、断片的に語られる物語の中で、キャラクターが何を思い何を感じ、そんなことを想像することも楽しい。
ハイラル城にゼルダの日記があります。
それがまた憎い演出。
映し絵の写真に沿って描かれた日記を読むことで、映し絵の記憶の中の彼女の心情だったりがわかる。
長く遊んでいると、最初の方の何気ないイベントのことは忘れちゃったりするじゃないですか。
でも、自分で探し出したから印象に残っている率も高い気がします。
最初に見つける記憶ってどれが一番多いのかな。
最初に見つける記憶で多分ゼルダの印象も違ってくるんじゃないかな。
遊び方でいろんなことが変わっていく。
それもまた面白い。

いつもだとストーリーを終わらせたら2週目とかやってらんないタイプなんですが、二週目ではないとはいえラスボスを倒した後もつづけていられるのは、導かれていないからかもしれません。
ストーリーがあって道筋が決まっていて…となると、ラストまでたどり着いたらもうだいたい探索も終了しました!って気分になるのですが、ゼルダは探索を終わらせた気がしなかった。
まあ、祠も全然クリアしないままだった、マップの一部が未開放だったというわかりやすい探索が終わっていない証拠があったこともありますが。
でも、だいたいのゲームはストーリーに沿って遊べばマップも全部開放されてるはずですし、隠しダンジョン以外は行ったことがあるはず。
用意されたものは用意された意味があるものだし、だからこそ全部まわっていくもの。
祠は短いコンパクトなダンジョンとはいえ、あれだけ用意していたら製作者だったら全部まわってほしいと思うことだってあるはずです。
でも、行かなくてもいいよ、行かなくてもクリアできるよってなってるからこそ、途中でもクリアできちゃう。
でも、だからこそ、発見できた時が楽しい。
だって、導かれたわけじゃないんですもん。
自分で見つけたんだって思えることはやっぱり楽しい。

こうなると、夏、冬のDLCもワクワクしますね。
どんな遊びを用意してくれるのかな!

技術はトライ&エラーで覚える やり直しがきくからこそ自由になれるデジタルイラスト

日本の学校教育について時々言われること

それは、「失敗が許されない」ということだ。
どんな風に教えてみても、根底にそれがあるから結局最短距離で正答を求めるようになる。

個人的なことだけど、家の親はいつまでたっても小学生の頃のテストの間違いを笑い話のつもりで話す。こっちが嫌がっているにも関わらず。
レイチェル・カーソンの沈黙の春を題材にしたテストの時だった。
どうして彼女がその道に進もうと思ったのかを文章から読み取って答えるというものだった。
文章には、豪雨を窓から眺めていたら森の木が一本雷に撃たれて、それを見てハッとした…ようなそんな文章が書かれていたから私もそういう風に書いた。
正しい答えはさっぱり覚えていないのだけど、それは不正解。
それをことあるごとに馬鹿にしたように笑うのだから、失敗はバカにされるものという思考が根底にあるのだろう。
ちなみに、同じ回答をした子供はほかにも数人いた。一クラス20人ぐらいの学校だったので、かなりの割合じゃないか。

そしてそれは美術も変わらない。
教師は自由だというのかもしれない。
でも、違う。
発想はいくらでも自由でも、扱う画材が一度間違ったらやり直しが困難なものばかりだ。
水彩絵の具で塗ったものを後から直すのはなかなか難しいし、版画なんてもってのほか。
時間があれば直せるかもしれないが、今や美術の時間は削減されとにかく時間がない。
それでどうして自由なのだろう。

デジタルなお絵かきソフトの可能性

そこで思いつくのは、お絵描きソフトの存在だ。
デジタルであればやり直しも簡単だ。ボタン一つでもとに戻せる。
やり直しがきく、というだけでだいぶ向き合う心持も変わってくる。
そうすると、こうしてみたらどうなるかな?とかいろいろ発想も出てくる。
失敗したらやり直せばいい。
その事実一つあるだけでいいのだ。

ただ、タブレットを全員に持たせることにいろいろ議論があるように、お絵かきソフトを全員に持たせることはそれ以上に大変だろう。
以前、京都でDSの絵心教室を導入した学校があったようだが、京都といえば任天堂があるから協力を得られる。
そういう土壌がなければ、なかなか難しい。
また、コンピューター上で絵を描こうとするとアナログと勝手が違うから慣れが必要になる。
最近はタッチパネルが増えたから差は少なくなったものの、やっぱり慣れるには少し時間が必要だ。

それから、アナログで描くのとデジタルのお絵描きソフトでは書き味が違ってくる。

一枚目がclip studio paint(以下クリスタ)で描いたもの。
二枚目が絵心教室で描いたもの。
比べるために同じ手順で描いた。
絵心教室はアナログの書き味を再現しようとしているから、筆跡がかなり残る。
それに対してクリスタで描いたものは、ヌルっとした感じだ。
アナログで描けばまた違うものになるだろう。
デジタルのお絵かきソフトには、水彩風ブラシとか油彩風ブラシとかついているが、風であって完全に再現されたものではない。
お絵描きソフトはお絵描きソフトという画材の一つなのだ。
もしも、学校で扱うことがあるのならそこを留意しておかなければならないと思う。
あれば、の話だけど。

電子機器が絵を描くことを身近にする

全ての子供がそうであるかはわからないが、昔に比べたら絵を描いて誰かに見せる行為が容易になったように思う。
それはデジタルで描いたものだけじゃない。
スマホのカメラで、紙とペンで描いたイラストを撮影してSNSに載せる。
雑誌に投稿して載せてもらうとか、自分でHTMLを打ち込んでサイトを作って…なんて時代に比べたらはるかに容易い。
それにゲームに限っても、DSの動くメモ帳でパラパラ漫画を描いて見せたり、ミーバースにイラストを載せてみたり…いろいろできる。

スマホのお絵描きアプリも充実している。
タッチパネルは直感的だし、マウスと違って感覚のずれも少ない。
マウスで描いていたときと比べたらはるかにアナログの感覚に近く、そしてそれは簡単になったということだ。

大学生の頃、ゲームと美術教育なんて題材で論文を書いて発表したのだけど、教育学部にあったからなのか何なのか、ゲームに対してどこか否定的な人な学生もいた。
まあ、美術よりゲームにハマったらどうするのとか、ゲームをやってない子が仲間はずれにされるとかそういうことだったのだけど。
でも、そのゲームの中で子供たちが絵を描いて、何かを作っているのだとしたら?
遊びの中で楽しんで何かを描き、何かを作り、そして誰かに見せているのだというのなら、その方がいい。

授業だと身構えてしまうけど、遊びの中なら失敗してもまた挑戦する気になれる。
ハマっているというのは、そういうものだ。
そうやって、技術を覚えていく。
それって、きっと成長するということだ。
失敗する自由がなければ、成長する実感はない。
実感があるから、楽しい。

やる気とメンタルと体調

 やる気というのは意外と体調に影響を受ける。 いや、考えてみれば当たり前だった。だって、風邪をひいてる時に、よし!何かを始めよう!なんて気にはならない。病気の時なら簡単に気が付くのに、例えばちょっと疲れてるとかそんなときはわからないものだ。 メンタルも疲れてる時は駄々落ちする。人...