こんなニュース記事があった。
小学生の間で流行っている危険な“度胸だめし”。やめさせるにはどうすればいい?
子供たちが、車やバイクが走っている道路にわざと飛び出す、そんな危険な度胸試しをしているらしい。
その理由の一つが、これを書いた記者はゲームにあると書いていた。
高いところから落ちても死なない、死んでも復活できる…だからこそ、今の子供たちは命を軽く見ている。
正直なところ、まだそんなことを言う人がいるのかと思った。
私が子供の頃から、そんなことは言われていた。
子供はゲームという架空の世界と現実に区別がつかないから、簡単に死んで生き返るゲームばかりやっていたら、命を軽く思ってしまう。
確かに、ゲームの中の命は軽い。
でも、そうでなければ、何度もやり直したりしない。
最近私がやっていた、ゼルダの伝説もそうだ。
何度も死んで、やりなおし。
すぐに再開できるから、何度も挑戦してみる。
そうでなくて、死んだらもう遊べません!なんてゲームじゃ、まずほとんどの人がやらないだろう。
命の軽さは、失敗しても再挑戦しやすくするためのものなのだ。
それゆえに、ゲームの主人公たちの命は軽い。
ファイアーエムブレムというゲームがある。
最近のものは違うんだけど、昔は死んだ仲間は二度と使えないシステムだった。
そういうゲームだと、かなり慎重になる。
リセットすれば確かに生き返るのだけど、リセットしたら、はじめからやり直しになってしまう。
先述のゼルダの伝説の場合は、死んでやり直すときは直近のセーブした場所からすぐにやり直せる。
自動でセーブが行われているので、ほとんど死んだポイントに近い場所から再開できるのだ。
でも、ファイアーエムブレムの場合は違う。
ファイアーエムブレムは章仕立てになったゲームでそれぞれの章で用意されたマップ上の敵を倒していきながら城を制圧するゲームなのだが、リセットしたら再開される場所は章のはじまりから。
マップの途中でセーブが残せないのだ。
どんなにうまくいって、制圧直前でも、リセットしてやり直ししたら初めから。
やり直しがめんどくさいのだ。
めんどくさいからこそ、慎重になる。
ゼルダの伝説がどうしてそういうすぐに再開できるシステムになっているのかといえば、隅々まで探索してほしいからなのである。
ちょっと考えてほしい。
駅からある場所に向かうのに、道に迷ったり、方向を間違えたりしたら、毎回駅に戻されてそこからやり直し。
たとえ、目的地が目前にあったとしてもだ。
そういう場合、寄り道なんかもちろんしないし、決まったルートを通るんじゃないだろうか。
そうならないために、何処を通ってもいいし、再開が楽なシステムになっているのだ。
そんなゼルダの伝説だけど、ストーリー上で死んだかつての仲間たちは生き返らない。
魂となって確かに存在はしているけれども。
最初にであう、ハイラル(ゼルダの伝説の舞台)の王もいなくなった後はエンディングまで出てこない。
すでに死んでいて、魂のまま、主人公のリンクを見守っていたからだ。
主人公の死はいくらでもなかったことにできるのに、彼らの死は決してなくならない。
ハイラルの王が日記を残してるのだけど、それを読むとなんだか切なくなる。
リセットしたってやり直しがきかない死。
ファイアーエムブレムも存在する。
ストーリー上の死は覆らない。
自分の手で救える命と、そうでない命。
ゲーム上にはそれが存在している。
私は思うのだけど、ゲームというのは達成感を与えてくれるものだ。
自己効力感、自分ならできる!と思わせてくれるものだ。
それでも、どうしても覆らないものがある。
その死は重い。他が軽いからこそ、重くなる。
最初の記事に戻ろう。
子供たちが命が軽いと思うのならば、それは、現在の日本が死にがたい世界だからではないのだろうか。
死は遠ざけられ、または、美化される。
映画やドラマで描かれる死は、ドラマゆえにドラマチックだ。
もちろん、そうでないものもあるけれども。
医療が発達し、治安もよく、みんな長生きする。
死は身近にない。
命が軽いということは、死の重たさ、悲惨さを知らないということではないだろうか。
記事の記者が、ゲームに原因を求めるのと同じように、私のこれも感覚的に思っているだけに過ぎないのだけれど、そう考える。
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