2017年8月24日木曜日

「死」という題材

大河ドラマは見てますか?
歴史とかあまり得意ではないので、祖母が見ているのをなんとなーく眺めている。
そんな感じだったのですが、昨年の「真田丸」の脚本が三谷幸喜さんだったのでずっと見ていました。
三谷さんの喜劇面白くて好きだったので!
前半はよかったんですが、ラストがちょっとあれでしたかね。
なんか週刊漫画の打ち切りが決まって尻つぼみで終わったかのような…

とまあ、昨年の感想は置いといて。
その流れで「おんな城主直虎」も視聴しております。
今週の話は、ちょっと話題になりましたね。
主人公の直虎が、主人公の治める井伊の地を守るために幼馴染であり臣下であった男を槍でつく。
何とも悲壮な場面。
感想を検索すると、泣いたとかそんな感想が出てきたり。

いやしかし、「死にネタ」好きとしては最高の場面でした。
本心を口にはできない、それでも通じ合う二人。
穏やかな日常が手に入りそうだったのに、あとその手から零れ落ちていく残酷さ。
死ぬのに、だというのに笑う男。
次回予告が素晴らしい。
いなくなってしまった彼の名を呼ぶ直虎。
お家を失った現在と相まって、何ともいえない物悲しさが映像から伝わってきます。
むしろ、来週が楽しみ。

「死にネタ」を盛り上げるのは、悲壮な最期ではなく前後のストーリーだと改めて認識しますね。
いきなりこの場面で始められても、悲しくはないんですよ。
井伊のたどってきた物語と、二人の関係が描かれたからこそ、悲壮感を増すのです。
だって、刑事ドラマなんてたいていいきなり人が死ぬけど、そこまで悲しくはないでしょう?
そして、もっと重要なのは、実は死んだあとだと思うのです。
昔、テイルズオブシンフォニアというゲームがありました。
プレイヤーの選択によっては、パーティキャラの一人が裏切りそして死ぬ。
ただ、そうやって選択させたにも関わらず、死んだあとそのキャラに関してそのダンジョンを抜ける際に一言あったぐらいで、その後はまるで初めからいなかったかのようなのです。
仲間を大切にする、そういう評価の主人公であるにもかかわらず何ら言及がないので、むしろ薄情だなと思ったものです。
そうなんです。
死んだあと、死んだキャラに関わった人たちがどうなるか。
「死にネタ」の重要ポイントはそこなのです。
今までそこにいたものが失われたときどうなるのか。
刑事ドラマが好きなのもそこかもしれません。
被害者遺族となった家族たちの反応。それが、被害者の生前を思い起こさせる。
いないのに、です。
そこが面白いんだと思います。
もちろん、派手なアクションとか推理とかそういうところも面白いんですが。

死にネタについて書きたいと思ったのは、実は今週の聖闘士星矢EpisodeGAを読んでから。
なにそれ?と思うかもしれません。
チャンピオンクロスという、無料のWEB漫画サイトで読める聖闘士星矢の派生作品です。
今週のお話は、ある兄弟が地上のために殺し合わねばならない展開でした。
その兄弟は、聖闘士の鑑と言われるような正義感あふれる兄弟なんですが、GAだとその兄は狂って自らを純然たる悪とまで言うようになってしまいます。
彼がなぜそうなってしまったのか。
それを描いた過去のお話が今週の話だったのです。
邪神にとりつかれた弟を、殺さなけらばならなかった過去。
最高でした。
これまで描かれていたのはいわば、死のあと。
死の前というのは原作やGAの前作で描かれていたように、仲のいい兄弟でした。
殺し合わねばならない。
殺さなければ地上は滅ぶ。
でも、弟を殺すことなんてすぐには決断できない。
それを促したのは、なんとか意識を表に持ってきた弟の言葉。
兄はみんなを守るために正しい選択をするのだという、弟の言葉。

「死にネタ」の何が好きかって、多分、それぞれあるんだろうけど、私は死という不可逆的な出来事に対して起こる変化です。
中にはスプラッタなものが好きな人もいるんだろうけど、私実はスプラッタなホラーとか見てられないんです(笑)
ホラーだとやっぱり自分の身を守ることが最優先になっちゃいますから、「死にネタ」としては面白くないんですよね。

ああ、面白い。

2017年8月21日月曜日

足裏樹液シート

一時期流行りましたよね。
足の裏に貼って寝ると、毒素やら老廃物やらが染み出して色が変わるシート。
本当に毒素が抜けてるかどうかは定かではなく、似非科学だとかいろいろ言われておりますね。

最近足の裏のむくみが酷いので貼ってみました。
足の裏をぎゅっと曲げようとするとすごい違和感を感じるし、なんか溜まってるのを感じていたので、
むくみって余分な水分が溜まってるらしいじゃないですか。
汗が出てシートに水分が吸収されているのは確かな感じなので、水分が出るならいいんじゃないかと思いまして。
こんな感じに色がつきます。
なんの色かは私にはわからないけど、べたべたしてます。
水分は出てってる感じがあります。
朝起きるといつもよりのどが渇いてます。
むくみも多少改善された気がします。
ちょっと気持ちほっそりしたかなーみたいな。
足の裏を曲げようとしたときの違和感もなくなってるし、軽くなった気がします。
指で足つぼ押すとすごいゴリゴリしてたのも、あんまり感じなくなりました。
効くことは効くみたいです。
100均で売ってたので、そんなに出費もないしよかったかな。

一緒にウェットティッシュ買っとくといいかもしれません。
はがすとべたべたするんですよね…
裏にも水で洗い流すか濡れタオルで拭いてねって書いてあります。
あと、木?竹?そんな匂いがするので気になる方は気になるかも。

2017年8月4日金曜日

話を練る

二次創作を始めたのは最近の事だけど、一応漫研なんかで漫画を描いておりました。
でも、二次創作と一次創作は勝手が違う。
二次創作は世界観もキャラクターもすでに出来上がってる。
それゆえだろうか、こういうネタを描こう!と思っても、いざネーム(漫画の設計図みたいなもの)を描こうとすると全然描けない。
長いものでは、ネームに一か月以上かかってしまった。
一次創作の時は、長くても2週間ぐらいだったのに。

何故だろうか考えてみた。
さっき二次創作では世界観もキャラクターも出来上がってると言った。
そこなのだと思った。
一次創作の時は、ネームを描き始める前にかなりの時間を使ってキャラクター設定、世界観設定を作っていた。
で、かなり時間をかけても、物語を作る際に邪魔になればいらないと捨てていた。
続き物を描いていたとき、そうなるとだんだん二次創作と同じように設定も出来上がって外せないものも出てくる。
その時はすごく時間がかかった。
だから、二次創作も同じように設定が決まっているから描けないのだと思っていた。

でも、そこは半分正しくて半分不正解だった。
一次創作の時、設定をかなりの時間かけて練っていたといった。
でも二次創作はすでに出来上がっている。
原作を読んでよく知っている…そう思っていた。
だから、あまり設定を練っていなかったのだ。
そこがいけなかったと感じる。
二次創作は原作にないような場面も出てくるし、そういった面を描くのも楽しさの一つだろう。
そういった場面でのキャラクターの行動が、何となくでしかわかっていなかった。
だから、動かせない。
無理に動かすと、話の都合で動いてしまって、このキャラこんなことしないと思ってしまう。
だから、一向にネームが仕上がらない。

というわけで、最近は話を練ることにした。
まだ始めたばっかりであんまり変わらないかもしれないけど。

まあ、考えてみれば、美術の授業なんかでも作品づくりってテーマをポンと出されてさあ描いてみたいな状態だった気がする。
頭の中にあるものを直接本番用紙に描いていく。
そんな風に訓練されてたら、なかなか考えてネタを出すという作業ができないのかもしれない。
美術の授業はどんどん削減されてしまってるみたいだけど、ちゃんと授業内で思考する方法を教えておいた方がいいんじゃないかしら。
だって、私もそうだったけど一般人の美術科のイメージって、思いついたら即キャンバスって感じじゃないですか?
そうじゃない、習作や取材、構想を練る場面があるのに。
いきなり本番じゃ誰だって失敗する。
それも、美術嫌いの理由の一つになるんじゃないだろうか。
何事も練習が肝心。

2017年8月3日木曜日

聖闘士星矢再アニメ化ですってよ。

車田正美原作『NETFLIXオリジナル聖闘士星矢(仮)』Netflixで全世界配信決定!

昨年の派生作「セインティア翔」のアニメ化、ハリウッドでの実写化の報道に続いて今度はCGアニメ―ションとしてリメイクして再アニメ化だそうです。
NETFLIXオリジナルということで、登録してないと見れないんですかね。

東映はどれだけ星矢を流行らせたいのでしょうか(笑)
実は今の東映アニメーションの偉い人に、かつて80年代に星矢に関わってた人がいるみたいなので、多分そのせいです。
星矢好きとしては話題が尽きないので嬉しいですが、好きなのでもっといろんな世代に流行ってほしいところです。
やっぱり、本当に長く続くシリーズっていうのはかつてのファンだけじゃなくて、新し人が入ってきてるんですよね。
そうでないと、かつてのファンだって飽きたりして離れていってジリ貧になってしまいます。

長く同じものを好きでいるのって案外難しいんですよね。
もちろん、あ、昔好きだったなと何かをきっかけに思いだしたりすることはあるけど、ずーっと同じものを見ているのって難しい。
長く好きでいられる人は、そのものの新しい面を発見できたり、もしくは新しい作品でそういう面を見せてもらったりしてるんだと思うんです。
私が星矢を好きでいるのも、多分いろんな展開があるからだと思います。

例えば、ファンには不評もあったようですが「聖闘士星矢Ω」
聖衣がボディースーツっぽくなったりしたところが不評だったようですが、私は別に嫌いじゃなかった。
星矢の「星座モチーフの形の模型が分解して鎧になる」アイデアはホント素晴らしいんだけど、正直なところ、後の方の敵キャラはごてごてしずぎてほぼ着た形と模型状態の形が変わらなくなってましたし、これはこれでありかなと。
そこは確かに星矢を印象付ける部分ではあるんだけど、多分、ストーリーの根幹というか星矢を星矢らしくしている部分ってそこだけじゃないと、私は思います。
そういうのもありか!と思わせてくれる作品が好きなんですよね。

だからこそ、エピソードGだったり、LoSが好きなんです。
賛否両論あるだろうけど、そうでなくっちゃ。
そう来るか!その発想はなかった!
趣味とはいえ、一応漫画描きとしては悔しくなるところもあります。
なんでもありのように見えて、ちゃんと聖闘士星矢なんですから。

同じものだと確かに安心はしますが、同じだと思うと脳が覚えるのをやめるらしいです。
多分、飽きるのもそういうものじゃないかなと思います。
新しい発見がないと思うから、飽きちゃう。
絵を描いてても同じものばかり描いていると飽きちゃいます。
変化って大事ですね。

やる気とメンタルと体調

 やる気というのは意外と体調に影響を受ける。 いや、考えてみれば当たり前だった。だって、風邪をひいてる時に、よし!何かを始めよう!なんて気にはならない。病気の時なら簡単に気が付くのに、例えばちょっと疲れてるとかそんなときはわからないものだ。 メンタルも疲れてる時は駄々落ちする。人...