基本的に流行にのらないわたぬきですが、スプラトゥーン2はじめました。
やっぱり体験版的なものがあると面白さがわかってやってしまいますね。
前夜祭が楽しかった!
ランクはただいま15です。
勝ったり負けたり…楽しいですね。
前夜祭ではローラーがいいかなと思ったんですが、いろんな武器が増えてくると狙われやすくなり…今はプロモデラーMG使ってます。
たくさん塗れるように頑張ってます。
でもうまい人と当たるとどんどん自陣に攻め込まれてきちゃいますね。
いやー駆け引きが難しい。
でも、これは流行りますね。
とてもルールがわかりやすくてやりやすい。
それにキャラやグラフィックがポップで可愛くて細かいところまで作り込んであって、ストーリーはないけど、そういった部分で世界観を語っているのがいい。
ヒーローモードにはストーリーありますが、別に世界観は語ってません。
語ってるとしたら、収集要素のミステリーファイル。
まだ全部は集めてないけど、いろいろ想像をかきたてますね。
こういうの面白い。
ゲームやってると、やっぱり自分はゲーム好きなんだなと思います。
子供の頃から基本的に、遊べるものが好きで、だからホビーアニメなんかも好きでした。
流行にのってハガレンとかガンダムも見てましたし好きでしたが、やっぱりハマるのはゲームの方。
やっぱり自分で進めてく方が好きみたいです。
じゃあ、なんで聖闘士星矢が好きなのかというとゲームやってて気が付いたんですが、この作品はいろんな解釈が受け入れられる懐があるんだなーって思ったこと。
物語を進めるのに必要なことしか語られてないからこそ、そこからくみ取っていく面白さ。
あと、展開が予想外。
想像の範囲内で終わるとああそうだよなで終わっちゃうんだけど、そうじゃないから驚きとともに覚えてる。
最近の作品は丁寧に解説しすぎです。
突き放して、読者の想像力を信じてくれてもいいと思う。
ゲームは製作者とプレイヤーの殴り合いだと思っております。
製作者の想定外の遊びも許容できればこそ、作品世界も広がる。
漫画も多分そう。
スプラトゥーン2はどんな遊びができるんでしょう。
これからのアップデートも楽しみです。
2017年7月27日木曜日
2017年7月20日木曜日
写真を撮ることを趣味にしたい気分
カメラを持っているものの、あまり撮影はしないし、撮ったら撮ったで人に見せるわけでもなし。
せっかくブログもあることだし、撮りためた写真をのせようかなとか考えてます。
以前、バイト先でブログを書かないといけなくてそれで写真を撮りためるようになりましたが、その経験上やっぱり自己満足で撮っているよりは人に見せる気になっている方が、撮り方を工夫したりとかするし、ちょっと構図とか勉強したいなと思ったりしたので、人に見せるのは大事かなと思いました。
あと、写真を撮り始めたのはイラストの背景とかに使えないだろうかと思ったのと、イラストの構図の勉強にならないかなという感じです。
何を書くかとか考える必要がない分、構図に集中できる気がします。
ちなみに、使っているカメラはCannonのpowershot s120です。
夕焼け空。この時間帯は、目に見えた色に近づけるのが難しい…
でも、写真で撮れた色の方がよかったりもするのが面白いです。
なんかこう対角線構図っぽくなっていい感じな気がします。
水面に映るお堂。コンデジだと反射を消すのは難しいんだけど、こういう感じに水面に移り込んでいるものを撮影するには十分。
もう少し緑が濃くなるように写したらよかったかも。
私の趣味。知っている方はみればわかるかもしれません。聖闘士星矢です。
黄金聖闘士という黄道十二星座を守護星座に持つキャラクターたちで、文字のごとく金ぴか。
金ぴか感出てますかね?
あ、知ってるけどこんなんだったっけ?と思った人。実は2015年に新作アニメが作られてまして(聖闘士星矢黄金魂っていうのです)そこで出てくる黄金聖衣の進化系です。
神聖衣って言います。原作でも星矢たちが最終決戦に臨むときに青銅聖衣がこの神聖衣に進化してました。
みんな羽根もしくは羽根っぽいものがついててより金ぴかです。
ちなみに、今度はセインティア翔という派生作品のアニメ化も予定されております。
最近はリバイバルみたいな感じで昔の作品やってたりしますね。
私もリアルタイムでは見てなかったんですが、後になってハマりました。
設定をいじったり、撮影モードを変えてみたりするようになってから、ちょっとずつですが狙った写真も撮れるようになりました。
やっぱり機能を知らないと、ですね。
パパッと撮るならオートでも十分ですが。
でも、少し高いコンデジだったので、もうちょっと機能を使いこなしたいところ。
せっかくブログもあることだし、撮りためた写真をのせようかなとか考えてます。
以前、バイト先でブログを書かないといけなくてそれで写真を撮りためるようになりましたが、その経験上やっぱり自己満足で撮っているよりは人に見せる気になっている方が、撮り方を工夫したりとかするし、ちょっと構図とか勉強したいなと思ったりしたので、人に見せるのは大事かなと思いました。
あと、写真を撮り始めたのはイラストの背景とかに使えないだろうかと思ったのと、イラストの構図の勉強にならないかなという感じです。
何を書くかとか考える必要がない分、構図に集中できる気がします。
ちなみに、使っているカメラはCannonのpowershot s120です。
夕焼け空。この時間帯は、目に見えた色に近づけるのが難しい…
でも、写真で撮れた色の方がよかったりもするのが面白いです。
なんかこう対角線構図っぽくなっていい感じな気がします。
水面に映るお堂。コンデジだと反射を消すのは難しいんだけど、こういう感じに水面に移り込んでいるものを撮影するには十分。
もう少し緑が濃くなるように写したらよかったかも。
私の趣味。知っている方はみればわかるかもしれません。聖闘士星矢です。
黄金聖闘士という黄道十二星座を守護星座に持つキャラクターたちで、文字のごとく金ぴか。
金ぴか感出てますかね?
あ、知ってるけどこんなんだったっけ?と思った人。実は2015年に新作アニメが作られてまして(聖闘士星矢黄金魂っていうのです)そこで出てくる黄金聖衣の進化系です。
神聖衣って言います。原作でも星矢たちが最終決戦に臨むときに青銅聖衣がこの神聖衣に進化してました。
みんな羽根もしくは羽根っぽいものがついててより金ぴかです。
ちなみに、今度はセインティア翔という派生作品のアニメ化も予定されております。
最近はリバイバルみたいな感じで昔の作品やってたりしますね。
私もリアルタイムでは見てなかったんですが、後になってハマりました。
設定をいじったり、撮影モードを変えてみたりするようになってから、ちょっとずつですが狙った写真も撮れるようになりました。
やっぱり機能を知らないと、ですね。
パパッと撮るならオートでも十分ですが。
でも、少し高いコンデジだったので、もうちょっと機能を使いこなしたいところ。
今時コンデジを持つということ
学生の頃、絵画とか工芸の課題でレポートを描くのに作品の写真を撮影する必要があった。
携帯のカメラでも可とは言われていて、最初はそれで撮っていたものの、あのころ今のような高精細に写せるスマホはなかったし、私の携帯は数年前の機種で古く他の人のレポートと比べたら見劣りしていた。
親のカメラを借りる方法もあったが、結構大きかったので大学まで持っていくのもなんだかなと思い、コンパクトデジタルカメラを買った。
でも、今だったら多分スマホのカメラで十分だろう。
多分、あのころ買ったコンデジのカメラと同じぐらいの性能はあると思う。
だから、多くの人は写真を撮るにしてもスマホで撮影している。
そして、写真にはしない。
昔だったら、写真は現像しなければちゃんと写せているのかわからなかった。
デジカメに代わっても、写真にする目的があるからこそカメラを買っていたはずだ。
でも、今やカメラは写真に現像する目的で撮影するものではなくなっている。
デジカメで現像したのは結局、人に見せるのが大変だからで、SNSで簡単に共有できる今、よっぽどのお気に入りや残しておきたい写真でなかったらなかなか写真にはしない。
写真を趣味にしたりするのは、一眼レフとかそういうすごいカメラを持っている人。
そんなイメージだ。
やっぱりそういうカメラで撮った写真はすごくきれいだし。
となると、コンデジって中途半端な存在になってしまった。
それでも私はコンデジを使っている。
ちょっとお高い高級コンデジというタイプ。
一眼レフには敵わないけど、まあ、スマホよりはいい感じ。
そんなカメラ。
何故それを持つのかといえば、スマホのカメラじゃ星は撮れないから。
双子座流星群という、天体現象の撮影がしたかった。
カメラに詳しい人が聞くと、ん?って思うかもしれない。
それだったら一眼レフとか買った方がよかったんじゃないかって。
もちろん、そっちの方がより綺麗に撮れるのはわかってる。
でも、コンデジがよかった。
まず一つ。これで星が撮れる事がいい。
コンデジで星が撮影できる、その事実がいいのだ。
一眼レフで撮影できるのは、当たり前。
当たり前じゃないからいいという天邪鬼というかなんというかそんな理由だ。
あともう一つ。カメラを鞄に突っ込んでおきたかった。
いつでも撮れる。そのためにはコンパクトでないといけない。
おや、上でスマホのカメラはいいって言ったじゃない。
だったら常に持ち歩いているスマホで撮影すればいいんじゃない?
そう思うかもしれないが、写真撮影アプリを使うとスマホの電池を喰うから嫌なのだ。
それだったらコンデジを持ってた方がいい。
そういう理由だ。
それにお手軽になったからこその弊害がある。
フィルムカメラの頃は一枚一枚大事に撮影していた。
でも、いくらでも撮影できるようになったら、大量に撮影しはじめる。
そうすると、いらない写真もあるのに、お手軽にとったのであとから整理することもない。
容量が大きいとはいえ、スマホで写真が何千枚と並んでいるのは正直見返す気がしないし、やっぱり容量を圧迫している。
カメラはカメラでしかない。
容量がいっぱいになっても困るのは写真が撮れないことだけだ。
スマホだとそうもいかない。
だから、カメラはカメラだけにしておきたいのだ。
とはいえ、スマホのカメラも使うことはある。
やっぱりすぐにSNSにあげられるのは楽だ。
ちょっとしたものならそれで撮るのが一番。
それでも、そうやって撮影しているだけでもすでに数百枚あるんだから、カメラとして撮ってたらもう、はじめに撮った方なんて見る気がしない気がする。
今だって過去の画像を探すのが大変なんだから。
コンデジの困ったことは、参考書がないことだろうか。
カメラを趣味にしたい人はたいてい一眼レフだ。
別にそういうのが参考にならない訳じゃないけど、コンデジに特化した参考書も見てみたい。
うーん、難しい。
2017年7月19日水曜日
誰かと遊べばより楽し
スプラトゥーン2発売まであと3日…
発売が楽しみです。
ゲームってあまり私のまわりではやってる人いなくて…
いることはいるんだけど、スマホゲーだったり、CSでも私がわりとマイナーなゲームをやることが多いせいか、結局仲間を求めるとネット上ということにばかりなる。
でも、スプラトゥーンは前作が流行りましたし今回も盛り上がってて遊ぶ人がいて、そのおかげでよりワクワクしています。
スプラトゥーンは一緒に遊べるゲームですからそれはそれで面白いんですけど、ゼルダなんかのプレイヤーが一人のゲームも同じゲームで遊んでいると面白いですね。
ここはどうだ、あそこはどうやってクリアするんだ…
そんなことを話している時間がとても面白い。
大人になってゲームから離れていくのは、やっぱりこういう話ができないからなのかもしれません。
みんなの興味がゲーム以外にも増えて、ゲームだってジャンルが違ってきちゃったりして…
ゲームだけじゃなく、ネット上で実況というものが行われるのも、結局は楽しみを共有したいってことなんだろうと思います。
いつの間にか、交流とか共有することがメインになっていて作品はそのための媒体でしかない…なんてことも起きたりしてますが。
そういえば以前、任天堂の宮本茂氏がいっていたと思うのですが、相手がいれば面白い、だからメールって面白いんだ、そんな風なことを言っていた…はずです。
どの記事だったか思いだせなくてソースが出せないんですが、でも、確かにそうだなと思います。
ゲームだって、なんていうか、思った通りに動かせることも面白いけど、自分が思いもしなかった反応が返ってくるというのが楽しい。
ゲームじゃないけど、漫画家の車田正美先生が週刊少年漫画は読者との殴り合いだみたいなことを申していました。
殴り合いということは、双方向なんですね。
双方向だから面白い。
反応が返ってくる。
ゲームはプログラムなので、長くやってるとある程度反応が予測されてきちゃうけど、対人だとそうもいかない。
だから、誰かとやるとより長く楽しめるんだと思います。
ゲームが楽しいって素晴らしい。
発売が楽しみです。
ゲームってあまり私のまわりではやってる人いなくて…
いることはいるんだけど、スマホゲーだったり、CSでも私がわりとマイナーなゲームをやることが多いせいか、結局仲間を求めるとネット上ということにばかりなる。
でも、スプラトゥーンは前作が流行りましたし今回も盛り上がってて遊ぶ人がいて、そのおかげでよりワクワクしています。
スプラトゥーンは一緒に遊べるゲームですからそれはそれで面白いんですけど、ゼルダなんかのプレイヤーが一人のゲームも同じゲームで遊んでいると面白いですね。
ここはどうだ、あそこはどうやってクリアするんだ…
そんなことを話している時間がとても面白い。
大人になってゲームから離れていくのは、やっぱりこういう話ができないからなのかもしれません。
みんなの興味がゲーム以外にも増えて、ゲームだってジャンルが違ってきちゃったりして…
ゲームだけじゃなく、ネット上で実況というものが行われるのも、結局は楽しみを共有したいってことなんだろうと思います。
いつの間にか、交流とか共有することがメインになっていて作品はそのための媒体でしかない…なんてことも起きたりしてますが。
そういえば以前、任天堂の宮本茂氏がいっていたと思うのですが、相手がいれば面白い、だからメールって面白いんだ、そんな風なことを言っていた…はずです。
どの記事だったか思いだせなくてソースが出せないんですが、でも、確かにそうだなと思います。
ゲームだって、なんていうか、思った通りに動かせることも面白いけど、自分が思いもしなかった反応が返ってくるというのが楽しい。
ゲームじゃないけど、漫画家の車田正美先生が週刊少年漫画は読者との殴り合いだみたいなことを申していました。
殴り合いということは、双方向なんですね。
双方向だから面白い。
反応が返ってくる。
ゲームはプログラムなので、長くやってるとある程度反応が予測されてきちゃうけど、対人だとそうもいかない。
だから、誰かとやるとより長く楽しめるんだと思います。
ゲームが楽しいって素晴らしい。
2017年7月17日月曜日
「失うこと」が紡ぐ物語 死にネタについて
以前「死にネタ」についてブログを書いた。
「死にネタ」に思うこと 2017/02/19
時々、アクセスがあるみたいで、語りきれなかったことを語ろうかなと思いこの記事を書いています。
以前の記事を読んでいない方に軽く「死にネタ」について説明しておくと、死にネタというのは字の通り死を扱うネタの事。
多分、この単語で作品の内容を表すのは二次創作が多いと思う。
二次創作で原作のキャラを原作のストーリーと関係なく殺してしまう、死なせてしまう時に「死にネタ注意」と書く。
さて、私は学生の頃、漫画研究会に所属していた。
漫研で7本オリジナルの漫画を書いたが、そのうち5本は人が死ぬ話だった。
あのころは二次創作の漫画をネットで発表したり、同人誌を描いたりはしてなくて、半分はそこでやりたかったネタをオリジナルで描いていたから、ある意味二次創作だった。
以前の記事に書いたけど、「死にネタ」は嫌われることもある。
二次創作だもの、好きなキャラが活躍しているところを見たいと思って読んでいるのに、その好きなキャラが死んでしまう話なんて、知らないで読んでたらきっと気分が悪い。
それゆえに実際に書いて発表するのは、なんだかとても気が引けたのだ。
オリジナルなら、そういう話だと納得してもらえる。
だから、描いていた。
最近は、注意書きしとけばいいやと二次創作でもやってるけど。
でも、二次創作でやっていると死にネタもだんだん扱いづらくなる。
何せ、今やってる二次創作、原作中で自分の好きなキャラはすでに死んでいるから。
死んでいるから、他の人だと生き返らせる創作が多いんだけど、死にネタでそれをやったらそれこそ本当は嫌いなんじゃねと思われる気がする。
だって、わざわざ死なせるために生き返らせているのだもの。
それはさすがに気が引ける。
でも、ふと、死にネタ以外を想像していて気が付く。
死とは生命を失うこと。
他のネタにかんしても、何かしら失っていくことを描いていた。
私は多分「失うこと」が生み出す物語を描きたいのではないかなと思い至った。
「失うこと」に関して、とても印象深い話が合った。
「爆走兄弟レッツ&ゴー!!」という作品はご存じだろうか。
第二次ミニ四駆ブームをけん引した作品で、いわゆるホビー漫画。
私は子供の頃それが大好きで、学生の頃に中古ショップで見つけたレンタル落ちのVHSを全部買って見直した。
ホビー漫画だと、よく出てくるのが新しい玩具に乗り換えるシーン。
性能がよりアップした玩具を手にして、強い敵に挑む。
レッツ&ゴー!!にももちろんそういうシーンがある。
その一つ。これがとても印象深かった。
ある研究所に招かれた烈と豪の兄弟(主人公)
それは敵側の罠で、なんと、二人の大事にしていたミニ四駆を容赦なく溶岩の中に落としちゃいます。
二人は大事にしていたミニ四駆を失って意気消沈。
博士が新しいミニ四駆を、二人が大事にしていたミニ四駆のデータをもとにより改良して作ったんだよと用意してくれても、それは自分たちのじゃないと拒否。
でも、最後にはそのミニ四駆で走り出す。
大事なものを失う辛さ、その代わりはいないこと、でもその魂を受け継いでいるんだと気が付きまた走り出す二人。
他のホビーアニメだと、結構すぐに乗り換えてたりするんだけど、この話、乗り換えるまでに2,3話使ってて、ホント、失ってしまったことの悲しさ辛さを強調していました。
それは、大事な友人を失ってしまったかのような…
それはある意味、死んでしまったことと同じだった。
ただ壊れただけじゃないんですよね。
溶岩に落ちたら、跡形もなくドロドロに溶けちゃいます。
もともと、この漫画の主人公二人って、あんまり強いレーサーじゃなかったんだけど、対照的な兄弟だから同じマシンを与えたらどう改造してくるんだろうと、博士が二人にマシンを与えるんですね。
そこから自分の手で作り上げたマシンだから、本当に大事なもので。
唯一残されていたのは、使い古してしまいこんでいたモーターだけ。
モーターって使い古すと速く走れないんですよね。
それをあえて使って走る。
そうやって、大事なマシンの魂をのせる。
そうやって、確かに二人の走りのデータをもとに作られたマシンなんだと実感する。
なんだかその一連の流れが感動的でした。
まるで、死に向き合っていったような感じ。
こうして、乗り越えていくんだなと思ったものです。
よく、物語というのは失ったものを取り戻しに行くことで作られると言います。
何かが足りない状態も、足りている状態から失っているということです。
王道の魔王を倒しに行く物語も、魔王によって失われた平和を取り戻しに行く話。
ある意味、失うことをテーマに描くことは、王道なのかもしれません。
そして、死もまた、失うことである。
だからこそ、物語が紡がれるのだと、思いました。
「死にネタ」に思うこと 2017/02/19
時々、アクセスがあるみたいで、語りきれなかったことを語ろうかなと思いこの記事を書いています。
以前の記事を読んでいない方に軽く「死にネタ」について説明しておくと、死にネタというのは字の通り死を扱うネタの事。
多分、この単語で作品の内容を表すのは二次創作が多いと思う。
二次創作で原作のキャラを原作のストーリーと関係なく殺してしまう、死なせてしまう時に「死にネタ注意」と書く。
さて、私は学生の頃、漫画研究会に所属していた。
漫研で7本オリジナルの漫画を書いたが、そのうち5本は人が死ぬ話だった。
あのころは二次創作の漫画をネットで発表したり、同人誌を描いたりはしてなくて、半分はそこでやりたかったネタをオリジナルで描いていたから、ある意味二次創作だった。
以前の記事に書いたけど、「死にネタ」は嫌われることもある。
二次創作だもの、好きなキャラが活躍しているところを見たいと思って読んでいるのに、その好きなキャラが死んでしまう話なんて、知らないで読んでたらきっと気分が悪い。
それゆえに実際に書いて発表するのは、なんだかとても気が引けたのだ。
オリジナルなら、そういう話だと納得してもらえる。
だから、描いていた。
最近は、注意書きしとけばいいやと二次創作でもやってるけど。
でも、二次創作でやっていると死にネタもだんだん扱いづらくなる。
何せ、今やってる二次創作、原作中で自分の好きなキャラはすでに死んでいるから。
死んでいるから、他の人だと生き返らせる創作が多いんだけど、死にネタでそれをやったらそれこそ本当は嫌いなんじゃねと思われる気がする。
だって、わざわざ死なせるために生き返らせているのだもの。
それはさすがに気が引ける。
でも、ふと、死にネタ以外を想像していて気が付く。
死とは生命を失うこと。
他のネタにかんしても、何かしら失っていくことを描いていた。
私は多分「失うこと」が生み出す物語を描きたいのではないかなと思い至った。
「失うこと」に関して、とても印象深い話が合った。
「爆走兄弟レッツ&ゴー!!」という作品はご存じだろうか。
第二次ミニ四駆ブームをけん引した作品で、いわゆるホビー漫画。
私は子供の頃それが大好きで、学生の頃に中古ショップで見つけたレンタル落ちのVHSを全部買って見直した。
ホビー漫画だと、よく出てくるのが新しい玩具に乗り換えるシーン。
性能がよりアップした玩具を手にして、強い敵に挑む。
レッツ&ゴー!!にももちろんそういうシーンがある。
その一つ。これがとても印象深かった。
ある研究所に招かれた烈と豪の兄弟(主人公)
それは敵側の罠で、なんと、二人の大事にしていたミニ四駆を容赦なく溶岩の中に落としちゃいます。
二人は大事にしていたミニ四駆を失って意気消沈。
博士が新しいミニ四駆を、二人が大事にしていたミニ四駆のデータをもとにより改良して作ったんだよと用意してくれても、それは自分たちのじゃないと拒否。
でも、最後にはそのミニ四駆で走り出す。
大事なものを失う辛さ、その代わりはいないこと、でもその魂を受け継いでいるんだと気が付きまた走り出す二人。
他のホビーアニメだと、結構すぐに乗り換えてたりするんだけど、この話、乗り換えるまでに2,3話使ってて、ホント、失ってしまったことの悲しさ辛さを強調していました。
それは、大事な友人を失ってしまったかのような…
それはある意味、死んでしまったことと同じだった。
ただ壊れただけじゃないんですよね。
溶岩に落ちたら、跡形もなくドロドロに溶けちゃいます。
もともと、この漫画の主人公二人って、あんまり強いレーサーじゃなかったんだけど、対照的な兄弟だから同じマシンを与えたらどう改造してくるんだろうと、博士が二人にマシンを与えるんですね。
そこから自分の手で作り上げたマシンだから、本当に大事なもので。
唯一残されていたのは、使い古してしまいこんでいたモーターだけ。
モーターって使い古すと速く走れないんですよね。
それをあえて使って走る。
そうやって、大事なマシンの魂をのせる。
そうやって、確かに二人の走りのデータをもとに作られたマシンなんだと実感する。
なんだかその一連の流れが感動的でした。
まるで、死に向き合っていったような感じ。
こうして、乗り越えていくんだなと思ったものです。
よく、物語というのは失ったものを取り戻しに行くことで作られると言います。
何かが足りない状態も、足りている状態から失っているということです。
王道の魔王を倒しに行く物語も、魔王によって失われた平和を取り戻しに行く話。
ある意味、失うことをテーマに描くことは、王道なのかもしれません。
そして、死もまた、失うことである。
だからこそ、物語が紡がれるのだと、思いました。
2017年7月16日日曜日
スプラトゥーン2前夜祭遊びました。
さてさて、スプラトゥーン2の発売まであと5日となりました。
1をやっていなかったので、これを機会にやってみようかなと今回前夜祭遊びました!
試射会もやったんですけど、その時はホントダメダメな感じで…
これでだめならどうしようかな…と思ってたんですが。
今回は、何となく掴めた!そんな気がしました。
まず、初心者はローラーがいいのかなと思いました。
ローラーで前線に出ないで隙間なくぬりぬり。
地道に陣地を広げていく。
広げていくうちに戦いの真っただ中にいちゃったりするんだけど、ローラーだと轢いてしまえば一発で倒せるので、毎回うまくいくわけではないけどあっさり倒せてしまったりして面白かった。
試射会の時は、やっぱりガチ勢の中に初心者じゃ到底かなわないな…と思ったのですが、今回はなかなかいい戦績。
もうちょいやれば勝てそうだ!とか思えるとがぜんやる気になりますね。
試射会のときは、他のレベルが高すぎてもう越えられねぇ…って感じで。
そういうのってやっぱりやる気をそぐじゃないですか。
どうあがいても越えられそうにない。
スポーツで言ったら、アマチュアなのにプロの世界に放り込まれてもどうにもならない。
そんな感じでした。
でも、今回は時間の長さ的にもいろいろ試せて、あと前回よりもフィールドが広くていろいろ遊べましたね。
誰もいないフィールドを散歩したりもできるんですね。
チュートリアルやってから日が空いてたので、あそこで少しでも練習できるのはよかったです。
実際のゲームの場合はヒーローモードっていうのをやればだいたいの操作に慣れるらしいので、発売日が楽しみです。
こういう、体験版みたいなものはいいですね。
ゲームってやってみないとわからないところがあるんですよね。
体験版をやって購入を決めたゲーム、本当に面白かったです。
バテンカイトスっていうんですが。
キャラクターデザイン、結構癖のある絵柄だったので敬遠してたんですが、ゲームのアンケートに答えたら体験版が送られてきまして、せっかくだからとプレイしたらそのシステムが面白くて面白くて。
やり込んだゲームです。
スプラトゥーンも絵柄は結構癖のある感じですよね。
どちらかといえば、アメコミとかなんか海外の雰囲気。
昔やってたパワーパフガールズみたいなデフォルメの強い感じ。
でも、こういうのって楽しければやってるうちに愛着が湧いてくるんですよね。
バテンカイトスもそうでした。
システムが面白いので、これが流行るのはすごいわかりました。
ゲームが流行れば、癖のある絵柄でも受け入れられる。
それがすごく表れているのがスプラトゥーン。
それにあの絵柄のおかげで、スプラトゥーンの世界観が唯一無二って感じになります。
絵柄がリアル系な洋ゲーって詳しい人に言わせたら全然違う!って言うんでしょうが、外から見てると世界観の違いがよく分からないじゃないですか。
それが任天堂のゲームだと、マリオはマリオ、ゼルダはゼルダとそれぞれのテイストがあってデザインとしてまとまっているのでわかりやすい。
ちぐはぐさがない。
システムなんかも感じますが、グラフィックに関しても、どう見せるかをすごく考えているんだろうなと感じさせますね。
全てのものに理由があるとは言いませんが、でも、ゲームとか創作物って人の手で作られているもの。
そこにある意味付って結構大事だと思います。
ゲームの話からちょっと逸れてしまいました。
スプラトゥーン2楽しみです!
1をやっていなかったので、これを機会にやってみようかなと今回前夜祭遊びました!
試射会もやったんですけど、その時はホントダメダメな感じで…
これでだめならどうしようかな…と思ってたんですが。
今回は、何となく掴めた!そんな気がしました。
まず、初心者はローラーがいいのかなと思いました。
ローラーで前線に出ないで隙間なくぬりぬり。
地道に陣地を広げていく。
広げていくうちに戦いの真っただ中にいちゃったりするんだけど、ローラーだと轢いてしまえば一発で倒せるので、毎回うまくいくわけではないけどあっさり倒せてしまったりして面白かった。
試射会の時は、やっぱりガチ勢の中に初心者じゃ到底かなわないな…と思ったのですが、今回はなかなかいい戦績。
もうちょいやれば勝てそうだ!とか思えるとがぜんやる気になりますね。
試射会のときは、他のレベルが高すぎてもう越えられねぇ…って感じで。
そういうのってやっぱりやる気をそぐじゃないですか。
どうあがいても越えられそうにない。
スポーツで言ったら、アマチュアなのにプロの世界に放り込まれてもどうにもならない。
そんな感じでした。
でも、今回は時間の長さ的にもいろいろ試せて、あと前回よりもフィールドが広くていろいろ遊べましたね。
誰もいないフィールドを散歩したりもできるんですね。
チュートリアルやってから日が空いてたので、あそこで少しでも練習できるのはよかったです。
実際のゲームの場合はヒーローモードっていうのをやればだいたいの操作に慣れるらしいので、発売日が楽しみです。
こういう、体験版みたいなものはいいですね。
ゲームってやってみないとわからないところがあるんですよね。
体験版をやって購入を決めたゲーム、本当に面白かったです。
バテンカイトスっていうんですが。
キャラクターデザイン、結構癖のある絵柄だったので敬遠してたんですが、ゲームのアンケートに答えたら体験版が送られてきまして、せっかくだからとプレイしたらそのシステムが面白くて面白くて。
やり込んだゲームです。
スプラトゥーンも絵柄は結構癖のある感じですよね。
どちらかといえば、アメコミとかなんか海外の雰囲気。
昔やってたパワーパフガールズみたいなデフォルメの強い感じ。
でも、こういうのって楽しければやってるうちに愛着が湧いてくるんですよね。
バテンカイトスもそうでした。
システムが面白いので、これが流行るのはすごいわかりました。
ゲームが流行れば、癖のある絵柄でも受け入れられる。
それがすごく表れているのがスプラトゥーン。
それにあの絵柄のおかげで、スプラトゥーンの世界観が唯一無二って感じになります。
絵柄がリアル系な洋ゲーって詳しい人に言わせたら全然違う!って言うんでしょうが、外から見てると世界観の違いがよく分からないじゃないですか。
それが任天堂のゲームだと、マリオはマリオ、ゼルダはゼルダとそれぞれのテイストがあってデザインとしてまとまっているのでわかりやすい。
ちぐはぐさがない。
システムなんかも感じますが、グラフィックに関しても、どう見せるかをすごく考えているんだろうなと感じさせますね。
全てのものに理由があるとは言いませんが、でも、ゲームとか創作物って人の手で作られているもの。
そこにある意味付って結構大事だと思います。
ゲームの話からちょっと逸れてしまいました。
スプラトゥーン2楽しみです!
2017年7月14日金曜日
デザインと模倣と 図工、美術でアニメキャラを描いてはいけない訳
ネットニュースを見ていたら、こんな記事を発見。
白山陶器、ダイソーに抗議
波佐見焼白山陶器 ダイソーに抗議 「デザイン模倣」 販売中止、在庫破棄求める
白山陶器が販売している「ブルーム」という食器シリーズに使われている柄そっくりの扇子を販売していたことで、白山陶器がダイソーに抗議したということらしい。
記事に載せられた写真を見てみると一目両全。
(ぜひ見に行ってもらいたい。この写真構図思いついた人のセンス好きです)
しかも、陶器柄の扇子として販売していたとか。
もう、わかってやってますよね。それを許可もなしに販売する。悪質です。
Yahoo!ニュースだと、元のデザインも北欧食器の模倣じゃんなんてコメントがありました。
でも、私個人の意見としては、たとえ模倣だとしてもこのブルームシリーズは、和っぽいテイストに昇華されているのでいいと思います。
ダイソーの商品の場合は、そのまんまです。それはダメ。
白山陶器、ダイソーに抗議
波佐見焼白山陶器 ダイソーに抗議 「デザイン模倣」 販売中止、在庫破棄求める
白山陶器が販売している「ブルーム」という食器シリーズに使われている柄そっくりの扇子を販売していたことで、白山陶器がダイソーに抗議したということらしい。
記事に載せられた写真を見てみると一目両全。
(ぜひ見に行ってもらいたい。この写真構図思いついた人のセンス好きです)
しかも、陶器柄の扇子として販売していたとか。
もう、わかってやってますよね。それを許可もなしに販売する。悪質です。
Yahoo!ニュースだと、元のデザインも北欧食器の模倣じゃんなんてコメントがありました。
でも、私個人の意見としては、たとえ模倣だとしてもこのブルームシリーズは、和っぽいテイストに昇華されているのでいいと思います。
ダイソーの商品の場合は、そのまんまです。それはダメ。
図工、美術でアニメキャラを描いてはいけない訳
それで、この記事のタイトルに行きつくわけなんだけど、え?なんで?って感じでしょうか。
意識しないだろうけど、アニメやマンガ、ゲームのキャラクターだって、デザインの一つ。
それをただただ描くのは結局のところ模倣でしかないから。
とはいえ、私も子供の頃はそれが不満だった。
好きなものを描けというのに、本当に好きなものは描いてはいけないのだから。
実をいうと後ろ向きの姿で描いてみたり、いろいろ誤魔化してたりしてはいたが。
ずっと、なんで?と思ってた。
3DSで「ポケモンアートアカデミー」というソフトが出た時は、やっぱり学ぶなら好きなものを題材にしてた方が楽しいよねと思った。
というか、多分、やっぱりその方が正解なんじゃないかと思う。
興味がない題材じゃ面白くない。
さっきと話が違うだろうって?
いやいや、そうじゃない。
ポケモンアートアカデミーの場合は、ポケモンを題材にして、あたりの取り方だったり色の付け方だったり、そうした指導をしてくれるのだ。
ポケモンを使って、ものの見方を、それの表現の仕方を教えてくれているのだ。
対して、美術の授業の場合…それは教えてくれない。
みんな描くものが違うのに、指導してはいられないのだ。
好きだから描く、それが許されるのは、幼稚園保育園のお絵描きまで。
お絵描きだから許される。
でも、図工や美術は違う。
物の見方を、捉え方を教えなくちゃいけない。
教えられているかどうかは、ちょっぴり疑問だけど。
豊かな感性だとか、そんな言葉にふりまわされているような気がしてならない。
ポケモンアートアカデミーって、絵心教室のポケモン版なわけで、ポケモンが描けて楽しい!っていうのもあるんだろうけど、その先にもっと自分で絵を描いてみて!というのがある。
だからこそ、見方を指導しているのだと思う。
技術を教えればこそ、豊かな表現につながる。
模倣は悪いことではない。ただ、それを商品として、作品として発表したらダメ。
だって、模倣は練習方法だから。
その作品に使われている技法とかデザインのバランスとか、見てわかるよ!と思うかもしれないけど、自分で実際にやってみることでより深く理解できる。
そこを発表することは、計算問題で使う方程式だけ書いて提出してるようなものだ。
答えが出ていない。そんな回答に意味はない。
最終的に自分の中に取り込み、昇華させられるようになる。
いろんなものを見て、いろんな表現を知って…それはそのための手段。
そういえば、美術教育って個性を重んじるよね。
何となく模倣はいけない気分にさせられる。
常に、発表できる作品を作らされるわけだから、息も詰まる。
もっと気楽にいろいろ試せる時間と余裕が欲しい。
昇華された表現だったら、アニメや漫画のキャラでもいいんじゃないかな。
ただ、著作権とかの問題もあるから、やっぱり公に発表はできなくなるけど。
子供の場合、やっぱり単に好きだから描いちゃう。
そこを、どうしてそのキャラクターを描く必要があるのか?どうしてそれでなくてはならないのか?じっくり考えて、そこに自分なりの答えを出せるのなら、そういう授業があってもいいと思う。
大学生の頃、漫画を持って行ってその中からコマを選んで、先生のいう表現方法の通りに描く授業があった。
まずは模写してみて、それから線を増やしてみたりとか、周りに何かを描くならなにを描くか?とかいろいろ試してみた。
面白かった。
物は使いよう。
模倣から、昇華へ。
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